(33)-9日蓮仏教の研究⑨(日蓮の世界を知る)

日蓮がこだわった破邪顕正の実体は何か。その意味する内容を他宗攻撃や四箇の格言の内容を参考にして検討してみたい。
まず、「律宗は国賊の妄説」はどのような意味内容であろうか。律は僧侶や教団の秩序を維持する為の罰則規定を持つ規範(律法)です。僧でない信徒にはほとんど関係ありません。

日本では最澄が「戒(個人の日常生活上の行動指標で自ら決心によって護るべきもの)」と「律」を混同して、「律は劣った小乗のものだから大乗では捨てるべきだ」という主張を展開しました。
「ブッダの教えは正しく実行できず、実行しても悟りは得られず、人に救いの道は無い」という末法思想が蔓延することになりました。
戒律は非現実的なものだから大乗相応の地・日本には相応しくない。現実社会の要請や常識、慣習に適合するものに改めるべきだという日本的主張が多数派を占めるようになったのです。

日本の仏教はこうして変質し、僧侶の意識や質的レベルが低下して日本独特の特異性のある思想を持った新仏教が誕生する社会状況を形成することになりました。
鎌倉期に大衆化と簡素化に特化した念仏・法華・禅の祖師仏教が誕生することになります。

日蓮はこのような立場で、当時のスーパースターであった極楽寺良観房忍性を標的にして激しく攻撃しました。しかし、どう考えても日蓮の非難や攻撃には妥当性が無く説得力がありません。
忍性は律宗を代表する高僧です。律は奈良の唐招提寺(律宗)や西大寺(真言律宗)を拠点としていました。忍性は貧民救済などの社会福祉事業で活躍した徳の高い僧であり、生き仏として慕われる世間の高い評価がありました。

社会福祉事業のボランティア活動は大乗仏教の菩薩が行わなければならない重要な修行です。
僧院の修行を終えた菩薩は悟りを社会に還元する福祉事業に身を置かなければなりません。
しかし、日蓮はこれを認めず、忍性の社会事業は悪辣な偽善行為であるとして「僭聖増上慢であり今生では国賊、来世は奈落に落ちること必定」(十一通御書)といって攻撃しました。

忍性は幕府から雨乞いの祈祷を懇願されましたが、日蓮は忍性の能力を認めず雨乞いの対決を挑みました。天気などの気象現象や自然現象でさえ宗教の力で変えることができると信じられた時代のことです。幕府の懇願によって加持祈祷の対象にされたのです。
しかし、日蓮は、忍性に相手にされなかったことで対決姿勢を強め、激烈な言動で挑んだため、幕府に捕縛されて「龍の口の法難」を招き、「佐渡流罪」に処せられました。

日蓮は法然の浄土宗の攻撃に勢力を注ぎました。法然が比叡山の先輩であり布教活動の人気・実績でも先行していたこと、法然が仏道修行の難行を否定し「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えるだけで誰でも極楽往生できるという易行性や平等性が民衆の支持を広く集めていたことを脅威と受け止めたのです。
『阿弥陀教』のエッセンスを凝縮した念仏の阿弥陀信仰と、『法華経』を集約した題目の法華信仰とは民衆に対する布教活動の方法において完全に抵触するからです。

日蓮はことあるごとに念仏を攻撃し罵倒していますが、大きな違いは、法然は現世を穢土として来世の極楽浄土を求めましたが、日蓮は現世(娑婆)こそ寂光土であるとして、題目を唱えれば即身成仏し、この世がそのまま浄土になるという現実肯定の姿勢を示したことです。

思うに、これをもって阿弥陀信仰と法華信仰のいずれが正しいとか、優れているとかいうことを判定してはならないと考えます。仏教のメルクマールである釈迦仏教(原始仏教)を基準にすれば、双方とも非仏説の要素にこだわりすぎていると考えられます。

日蓮は、鎌倉幕府の権力者11人に宛てた檄文(十一通御書)で、執権の北条氏の帰依を受けた臨済宗の高僧・建長寺の蘭渓道隆を増上慢の大悪人と罵倒し無間地獄に落ちると批判しています。
禅宗が教典に依ることなく「教化別伝」や「不立文字」をたてることから禅宗は天魔の具現者だと批判したのです。
禅宗では、求道者自身が仏であり法であるとすることから教主釈尊を否定するものだと他宗派から批判があります。

だからといって、日蓮自身にこれを批判する適格性はありません。日蓮もまた教主釈尊をないがしろにする一人なのです。
禅宗攻撃の最大の理由は、禅宗が鎌倉幕府や武士団から熱狂的な支持と庇護を受け始めたことにあるのではないかと考えられます。
当時、幕府は京都の朝廷や貴族の精神の支えとなった天台宗や真言宗の京都文化に対抗する意図を持って、特に中国伝来の新文化と考えられた禅宗を手厚く庇護する政策を実施しました。
これが「鎌倉五山文化」や「京都五山文化」の形成に発展していきました。

曹洞宗は、只管打坐が個人の悟りを目指すもので菩薩の道ではないと日蓮から批判されながらも宗祖の栄西や道元は批判されていません。
これは臨済宗が幕府の手厚い庇護を受けていたのに対し、曹洞宗は権力からの庇護が受けられず、自助努力をしていた教団であったことがその理由ではないかと考えられます。
どうやら、日蓮の他宗に向けた教条的な批判や痛烈な糾弾の基準は、幕府・権力者の手厚い庇護を受けているかどうかの有無にあるようです。

真言亡国とは一体何でしょうか。日蓮の仏教論理は中国の天台、比叡山天台宗の教義を基盤とするものです。しかし、天台教学は一つの宗派の考えであり、仏教界を統一した権威のある教学ではありません。日蓮の論理には天台教学をあたかも万能理論の如く振り廻す危険性が在ります。
比叡山に学んだ日蓮は天台教学がすべてだと思い込んだのです。真言密教の深遠な教理を打ち立てた真言宗に対して、天台宗の論理を援用して批判する日蓮の論理は失当です。
日蓮の論理は、天台の教相判釈を都合よく使っているだけで客観的な妥当性はありません。日蓮には天台宗の教理を盲目的に援用するほかに選択肢が無かったのでしょうか。

「中国の真言宗は天台の一念三千の法を盗んで自宗の極理となし、日本の弘法は口をきわめて法華天台をののしっている。このように本主を突き倒して無縁の主(大日如来)を立てるから、真言は亡国、亡家、亡人の法と破折されたのである。(仏教哲学大辞典第三巻、P67 創価学会経学部編)」という記述には正直に驚きました。
これは、日蓮の『開目抄』の一節を盲目的に援用した見解ですが、日蓮は天台宗の誰かの無責任な見解を鵜呑みにして採用したものと考えます。天台宗は本主を定めていませんが、日蓮本仏論という妄想を否定する立場であることは確実です。
一念三千の理論は真言密教には不必要な概念です。詳細は、「(18)天台宗」を参照願います。
また、中国に真言宗という宗派はありません。真言宗は弘法大師空海が命名して開宗した宗派です。真言宗が天台の教理論を借用するなどということは考えられません。何をどの様に誤解すればこのような批判が出てくるのでしょうか。
大日如来はサンスクリット語で「マハー・ヴィロチャーナ・ブッダ」という宇宙の法則そのものを標幟とする法身如来であり、華厳経の教主「毘盧遮那仏」の密教名であることはすでに述べました。
真言亡国の批判は日蓮の思い込みと妄想からでたものだと考えられます。

日蓮が比叡山で誰について法華経を学んだのかは不明です。日蓮の法華経の読み方、受け取り方から推定すれば、あるいは独学によるものとも考えられます。
また、密教を学んだという記録もありません。日蓮が比叡山の興隆の立役者として知られる台密の大家、円仁、円珍を非難していることから密教は学べなかった、少なくとも本格的な密教(阿闍梨位の取得)を伝授した師はいなかったと考えられます。

日蓮の「四箇の格言」は根拠に欠ける日蓮の妄想と思い込みによるものです。
その結果、盲目的な日蓮信者や病的な日蓮崇拝者が固く信じ込んで害毒を撒き散らかすという長い歴史を作ることになりました。

この格言は、十分な仏教知識が無いものが聞けば思考回路を一時的に中断する効果があります。
真偽の明確でないものを振り回して強烈な毒語を吐く者は弾劾されるべきです。
日蓮は、四箇の格言を相手の人生や体験の中に形成された価値観や考え方を打ち破る強烈な動執生疑として用いました。
しかし、まともな僧侶の身でありながら、このような妄想や虚言を本気で振り回し、品性を問われかねない者はいないと思います。
日蓮は、僧ではなく思想家というべきだ、というのはこのような評価によるものです。

熱狂的な日蓮信者には共通する気質があります。
日蓮の熱狂性、妄想的ビジョン、一切の妥協を排除した激烈な行動、これらを熱狂的に支持する信者は自らを「小日蓮」に駆り立てないではいられないのです。
日蓮の憑依(憑かれる)を強く感じます。
この「憑かれる」信者が多数でてくる現象は他宗では見ることがない際立った異質性です。
日蓮本仏論のドグマは、日蓮に憑依された熱烈な日蓮信者を生み続け、社会や人々を不幸にするリスクを孕んでいると考えられます。

日蓮の憑依は、日蓮の「御書」を読むことによって、日蓮の言葉に励まされ、勇気付けられていくうちに、次第に日蓮の感情移入を受け入れることで自らが小日蓮となるプロセスが考えられます。
この日蓮の文章(ことば)には、読む者(信者)を日蓮の思想に引き込む力があり、叱咤激励して心酔させ、自発的に小日蓮を目指させる不思議な魔力があります。

例えば、<いかにも今度信心をいたして法華経の行者にてとをり、日蓮が一門徒なりとを給うべし。日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか。地涌の菩薩にさだまりなば釈尊久遠の弟子たる事あに疑わんや。経に云く「我久遠よりこのかた是等の衆を教化す」とは是なり。末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女をきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱えがたき題目なり。日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱えへしが、二人、三人百人と次第に唱えつたふるなり。未来も又しかるべし。是あに地涌の菩薩の義に非ずや。剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし。ともかくも法華経に名をたて身をまかせ給ふべし。>(『諸法実相抄』)などは、信者の精神を束縛して折伏に駆り立てる魔力を持っています。

日蓮が信者に信心の覚悟を迫る文言が『聖人御難事』の随所に書かれています。「月月・日日につより給え、すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし」、「よからんは不思議、わるからんは一定とをもへ」、「過去、現在の末法の法華経の行者を軽賤する王臣万民始は事なきようにて経にはほろびざるは候わず」、「我ら現には此の大難に値うとも後生には仏になりなん」、これらの文言をひらたく解せば、「信心は日々向上心をもって励まなければならない。悪い結果があるのは当然だから覚悟の信心をするべきだ。広宣流布に生きる者を迫害すれば誰であろうとも必ず厳罰を受け滅びるのだから、(日蓮の)仏法のために受ける大難は(自分の)宿命打開の為だと思い定めて、今は苦しくても後世は必ず幸福の境涯が開けてゆく(ことを信じなさい)」ということです。

きわめつけは、『日女御前御返事』に見ることができます。これぞまさしく日蓮の呪縛であり、日蓮の世界にのみ典型的に現れる信者指導の異質なありようです。「この御本尊全く余所に求るなかれ、ただわれら衆生の法華経を持ちて南妙法蓮華経と唱ふる胸中の肉團におわしますなり。これを九識心王真如の都とは申すなり」。この文が、どのように指導されたのか、たぶん創価学会の熱心な信者の手によるものと思われるインターネットの投稿には「わが身が即ち妙法であり、(日蓮の)曼荼羅本尊は<信心>の二文字におさまると聖人は喝破された」「この御本尊こそ、われら門下生にとって、否、人類にとって最終的な帰依の対象である」「日蓮大聖人を<国聖>と仰ぎ、<末法の大導師>と称するのはこの一事だけでも足りる」と結んでありました。

この文章の心酔のありさま、論調の昂ぶりから推定すれば、投稿者は冷静な瞑想や思索の時間を持つことなく、素直に他人の価値観を受け入れた人物のように見受けられます。ただの思い込みに過ぎない日蓮の独語を信じて受け入れ、自らも妄想を育て、他人にまで伝えたいという気持ちを抑えきれず行った投稿内容が、実は仏教の精神を踏みにじる毒語であることの認識が全くないと考えられます。「私たちの宗教が正しく、他は間違っている」という主張です。

これらの文言は、一応は日蓮の(信者にたいする)信心指導であり、勇気づけだと考えられるものですが、これを真正面から受け取る信者は日蓮と同意の信心を持たねばならず、日々にこの文言を自分に言い聞かせることで次第に日蓮の精神に憑依されていくことになります。日蓮の文言には「日蓮の精神を受け止めて諸難に耐え忍べば必ず成仏する」という憑依の呪文が随所に仕込まれていると認められ、これらの文言には信者の精神を呪縛する魔力があると考えられます。もし、ひるむ心が生じて挫折すれば自分が弱いからだ、と自己責任に堕ちいらせるもので、主たる要因が日蓮の宗教観にあることが隠されてしまうと考えられます。

日蓮の思想は、鎌倉時代以降、一貫して為政者の支持がない宗教でした。その思想に到底受け入れられない妄想を抱えていたからです。
その異質な宗教であった故に、法華経の本家本元の比叡山天台宗から数々の弾圧を受け、時の権力者であった鎌倉幕府から二度の流罪に処せられ、織田・豊臣政権に圧迫され、江戸幕府から無視されながら、命脈を保ってこれたのは仏教の宗派という体裁をとっていたからであり、僧侶という身分で僧籍にあったからだと考えられます。
僧侶の殺生は時の権力者であっても容易には決断できないものでした。僧が積極的に権力者に対し「僧を殺せば七難生じ、九族祟る」と脅し文句を吹き込んできたお陰かもしれません。日蓮が生き残れたのは死刑執行を躊躇する僧侶身分に守られたからだと考えられます。

明治以降、日蓮宗は激烈な思想の故に、天皇中心の神祇崇拝の国家体制の下で、思想の対決色が鮮明になることを強く危惧しなければならない状況に置かれました。
神祇は日蓮の僕(しもべ)でしかないと信者に植え付けてきたのに、国家から、国家神道に忠節を尽くすことを求められても、掌を返すように簡単に教義を変えることができずジレンマに陥りました。
自宗を神祇の下に置き従僕の位置に置くことは教義を曲げることになり認められないからです。
日蓮宗系は、思想的な折り合いをつけてでも生き残る道を選択しなければならない状況に置かれました。

このような苦渋の選択の中で、狂気に染まった日蓮神秘主義の思想家が多数でてきて世間を騒がせました。
日蓮の法華経の神秘主義に触発された信者は、日蓮主義に適う国家建設の夢を追いました。
日蓮に憑かれる人は日蓮と同質の資質を持つ人々です。
説得できる性質の人々ではないと考えられます。

日蓮主義の熱心な信者は、鍋かむり日親(国家諌曉)日経(慶長の法難)、日奥(不受不施派祖)、田中智学(国柱会)、木村鷹太郎(狂気の奇書)、北一輝(2.26事件の黒幕)、鷲谷日賢(霊媒使い)、井上日昭(血盟団、5.15事件、右翼)、石原莞爾(満州事変)、妹尾義郎(社会主義運動家)、宮沢賢治、江川忠治(死のう団)、などが知られています。