(33)-8日蓮仏教の研究⑧(日蓮思想の特徴)

日蓮宗は近世まで法華宗を名乗りましたが、比叡山から異議がでて日蓮宗と称するようになりました。特に、江戸幕府が崩壊して宗教統制が無くなった明治時代以降に日蓮宗は大分裂を繰り返すことになります。

日蓮は、信者の目線に合わせた実に細やかな指導をして信者たちに多くの感動を与えています。その内容は信者らに宛てた複数の消息文(手紙)によって知ることができますが、これらが集められて「御書全集」に改編され、現代の信者のバイブルとされています。

この消息文とは、日蓮が特定の個人に向けたいわゆる信心指導です。当時日蓮の信徒は少数派であり、世間の風は逆風の傾向性がありました。このような社会環境の中で一途に信仰心を持ち続けることは大変な時代でした。日蓮は数少ない信者を大事にしましたが、個人が置かれた社会環境と個人事情に詳しく触れられていることから、日蓮の信者に対する細やかな心配りが感じられる消息文です。その時の具体的な個人の事情を汲んで、その中でどのような信心をするべきかを具体的に指導している内容が分り易いことから、後世に、この消息文を取捨選択して一般化し、普遍性をもたせようと意図したものが宗門の御書の作成であったと考えられます。

日蓮の姿勢には、その時代の、その時々の生活環境に負けない信心姿勢の在り方を具体的に指導する具体的な内容が見られます。日蓮の消息文の主旨の特徴は、「日蓮の宗教が末法の人々を救う最高の教えであること」「日蓮は法華経を体現する本物の法華経の行者(末法の本仏)であること」「日蓮と同じ精神を持ち続ければ即身成仏を決定されること」「法華経をたもち続ければ、日蓮と同じ難を蒙るからその時の覚悟を決めて退転してはならないこと」など独善的な主張が繰り返して述べられていることにあります。

日蓮の消息文は、信心指導の行き届いた心配りの形式をとりながら、信者の信仰姿勢を縛り付ける憑依性が極めて高いという特徴を持っていると考えられます。消息文に述べられている日蓮の叱咤激励の信仰の激烈な文言は、信者の精神を憑依する自縛性を持っていると考えられます。日蓮の信心指導の憑依性は、日蓮の御書(消息文など)を読むことによって、信者が自分自身を叱咤激励して、日蓮に熱く同意させようとする憑依が始まる危険性に満ちているのです。これが、日蓮宗徒の熱心な信者にみられる特徴的な憑依現象ですが、これは他宗の信者には見られないものです。

信者には懇切丁寧に細かな指導と気配りを見せた日蓮と、頑なに法華経の行者になりきろうとして破邪顕正を掲げ他宗を邪宗と呼んで攻撃する日蓮、思い込みと我執でしかない四箇の格言(念仏:無間地獄、律:国賊、禅:天魔、真言:亡国)という前代未聞の毒語を云い放つ日蓮の姿にはパラノイア(偏執病・妄想症)の疑いがあります。

日蓮正宗(創価学会も同様)の御書を読んで感じることがあります。日蓮の宗教は本当に仏教といえるのかという疑問です。日蓮の書いた御書にある釈迦仏教や大乗仏教の認識は到底まともな仏教知識といえないのではないかという疑問を感じる部分が随所にあります。
日蓮の仏教観は常人にない異様性に満ち溢れていて、伝統的な見識のある師僧について体系的に仏教を学んだ人のようには考えられない要素が多分にあります。

特に「教理論」の部分が誤認識と思い込みが多すぎて、強引に自己主張(日蓮本仏論)していることなど、内容に意味不明のものが多く、日蓮に憑依された者にしか理解できない内容ではないかと感じます。
日蓮の仏教知識や用語には日蓮特有のものがあり、他の仏教者との間で共通認識が持てないので、日蓮の仏教は諸宗の学僧から見れば意味不明の領域にあるとの強い印象を与えるものです。

法華経をないがしろにしたから邪宗が蔓延したとか、だから諸天善神が嫌って日本を見捨てたゆえに天変地妖が起きるなどが法華経に説かれた預言の通りだと主張する日蓮には驚愕します。
その責任が幕府にあるといわれれば、幕府が怒るのは当然です。

法華経は学僧であれば一度は手にする、華厳経と並ぶ大乗仏教の主要な経典です。
諸宗の多くの学僧に研究されてきましたが、日蓮と同種の捉え方、考え方をする学僧は出ていません。
学僧は師僧の研究を受け継ぐ立場にあります。文底下種とか日蓮本仏論のような仏教概念に合わない妄想が芽吹く下地は全くありません。

日蓮思想は、伝統的な学僧の中から芽吹く学識に裏付けられた仏教思想とはいえません。日蓮は仏教思想の拘束を受けない自由人です。師僧を持たない僧は仏教僧とはいえません。
処刑を免れたのは出家した僧侶と見られた一面があり、信徒の中に熱心な鎌倉御家人を抱えていたことから、処刑して事を荒立てる意欲を失っただけだと考えられます。
日蓮の赦免は積極的な行政処分によってではなく、消極的な事なかれ主義の現れであったと考えられます。結果的に、日蓮は一度の頸の座(竜の口)と二度の流罪(伊豆と佐渡)から生還出来ましたが、これはこれで妥当な処分であったと考えらえます。

日蓮は法華経の行者になるべく自らを駆り立てました。法華経を行ずるが故に法難を受けるのだと受け取り法悦に浸りました。なぜなら日蓮が法華経にある通り正しいことを主張したから法難に遭うのだと考えるからです。日蓮の行為が反社会的で許されないものだとは考えないことが日蓮の特異性です。とても正常な感覚とは認められません。

四方を海に囲まれた島国(日本)に育ち、島国の特有の価値観を育んだ日蓮は知らないのです。大陸の歴史では、他国の侵略や自国内の親子兄弟の権力争いはどの国でも経験した哀しい事実です。支配欲や権力欲、領土や資源の奪い合いなどは人の心の中に芽生える「三毒」「五欲」から生まれるといわれるものです。
法華経は、大陸の国々に事実として頻繁に発生した内憂外患の歴史観を背景にして法華経の理想を語っているだけです。

日蓮は弾圧(これを法難と受け取る)を受ける毎に法華経の行者の自覚を強固にし、如説修行の行者は日蓮以外にいないと信じ、末法の本仏の自覚を深めていくことになります。

世間の非難を受ける行為をしておきながら、これを弾圧されるとますます執念を燃やして自己の正当性を確信していく有り様は宗教伝道者の特異性といわれてきたものにほかなりません。

日蓮の執念が憑依した信徒も同様です。日蓮の教義を最高と信じ他宗を邪義・邪法と思い込んで宗教論争を仕掛けて痛烈な批判を受けることがしばしばあります。
不思議なことに、多くの日蓮信者は、これを宗祖の精神を堅持した為に蒙る法難と受けとめています。日蓮の精神を体現した法悦に浸る在り様には日蓮の憑依を感じます。
ところが日蓮信徒はとても献身的です。刷り込まれた教義を真剣に受けとめ、無疑臼信と以信代慧の信仰姿勢で指導者に随う信心をしています。とても真面目で純粋性を感じる方々も大勢います。

信仰の動機は、自分や家族の向上心を真っ当に伸ばし、幸福な境涯や福運を求める行為の表われであると考えられます。しかし熱心な信者ほど、他人を改宗させて信者にすること(折伏)で自分の目標が達成できると考える妄想癖が見受けられます。
真面目な信者ほど教条的な教義の刷り込みや指導を素直に受け入れる不思議な現象があります。

一人の人間としては常識や社会通念上の善悪の判断ができる真面目な人々なのに、教義の布教の上では自分たちの迷惑な行為の反社会性が認識できなくなっています。
このような日蓮信者は、教義の批判や折伏行為を批判されたり否定されると眼の色を変えてパラノイアの兆候が現われます。教条的で危険な兆候です。この宗が「はりがね(針金)宗といわれてきた理由の一つと考えられます。

日蓮宗の身延山(日向門流)と市川の中山法華寺(富木常忍の門流)には、加持祈祷が伝承されています。
実は、日蓮は加持祈祷を否定いていなかったと考えられます。日蓮は加持祈祷によって数々の奇跡を実現しようと試みたと伝承されています。これらは法華経がもたらす奇跡の力と信じられていますが、法華経に加持祈祷はありません。
加持祈祷は密教の典型的な修法の一つであり、法華経の強烈な信仰心とは次元を異にする修法です。
日蓮は台密の大家「円仁」「円珍」を強く批判していることから比叡山で密教を学んでいなかったと考えられていますが、実はそうではなかったと考えられます。
身延山の加持祈祷は明治期に断絶しましたが、鬼子母神を祈祷本尊とする中山法華寺では日蓮宗祈祷の伝授が行われています。

日蓮宗、特に日蓮正宗・法華講では僧侶をとても大切にします。信徒が一般の僧でも御尊師様と呼びとても丁重にもてなしていることには本当に驚きました。この宗派では僧が信徒を見下しているとして批判する信徒が少なからず存在していますが、信徒の生真面目さが如実に現われているものと思われます。

実は、僧侶の戒名のことでとても気になることがあります。密教僧でもないのに「阿闍梨位」を僭称し「大徳」という天に恥じらう慎みのない徳目を付けることです。さすがに阿闍梨位をはっきりと書くのは気が引けるのか「阿」と一字で著していますが「阿」は大日如来の標幟だということを知らないのでしょうか。不思議です。

日蓮を「日蓮大聖人」と呼称するのはこの宗や創価学会の特異性です。実は、大聖人は日蓮自身が、末法の本仏であることを宣言するために本仏の別号として日蓮自身(あるいは、第二祖日興、第三祖日目か?)が付けた名称であろうと考えられています。

その主旨は、『日蓮大聖人正伝』(宗祖日蓮大聖人第七百御遠忌記念出版・日蓮正宗総本山大石寺発行)のP196~198によれば、日蓮の著作である『兵衛志殿御書』、『法連抄』、『顕仏未来記』、『撰時抄』、『開目抄』、『聖人知三世事』などに日蓮自身が「大聖人・聖人・大人(世尊)」であると教示していること、また、日蓮は一閻浮提第一(全世界の中で第一の智者)であること、日蓮は末法の本仏と拝信するので大聖人と尊称するとしています。

他門では「日蓮上人」「日蓮大菩薩」と呼称するが、他門は不相伝(嫡流の正当な血脈がない)のゆえに大聖人を末法の仏と信解することができない不敬法謗の徒であると憤慨しています。これが、富士門流(興門派、現在の日蓮正宗)が、他の日蓮法流の宗派に対して持っている正嫡意識であり、特異性のある主張です。

仏教の僧侶に「聖人」を付けるのは浄土真宗と日蓮正宗だけです。聖人は道教の用語です。日蓮は法然・親鸞に対抗していつも上位に自己を置こうとしました。しかし、世間の評価は日蓮の評価とは明らかに違います。
大聖人は日蓮を法然・親鸞の上に置こうとする作為であり、日蓮の作為によって作られたものでした。
第二次大戦中に、日蓮宗(身延派)が軍部に精神的な協力をした功績を認められ、1922年(大正11)10月13日、日蓮(1222~1282)に「立正大師」の諡号を授けられましたが日蓮没後800年後の出来事であり不思議な褒賞でした。

大聖人は、日蓮本仏論を真面目に信じる宗徒が特別な思いを込めて使い続けている奇妙な用語です。日蓮宗(身延)では「日蓮大菩薩」といい、仏ではないけれど単なる菩薩でもない、として特に「大」の字をつけて複雑で微妙な心境を覗かせています。

しかし、今日の日蓮信者を名乗る新興宗教団体にこのような日蓮の体質が濃厚に受け継がれていることは哀しい現実といわざるを得ません。
この宗旨の団体は、宗教が共通して持つ「仲間を囲い込み、他者を排除する性格」を濃厚に持っているといわれている現実があります。
海外に進出した日蓮信者が諸外国からオカルト宗教の指定を受けているのは、日蓮の法華経が正しく、他はすべて邪教とみる教条主義に原因があるものと考えられています。