(33)-5日蓮仏教の研究⑤(法華経の見方、考え方)

法華経は様々な方便を駆使して対機説法する場面が特徴的に多い教典です。
釈迦滅後の大乗の菩薩が、釈迦の胸中を忖度して表現したと考えられる譬え話が随所にあり独特の世界観を作りだしています。
天台・伝教は法華経の論理的な論旨を解釈して法華経の世界を論理的に開陳しましたが、日蓮は譬え話(方便)を真実の世界として重く受け止め、日蓮の個性に独特なテイストを添加した異質な法華経の世界観を展開しました。

その結果、法華経の文底に秘沈された真実を発見したとして「文底下種仏法」なるものを唱え、法華経の題目を法本尊、日蓮を人本尊とする末法の人法相即の本仏として位置付ける日蓮本仏論を宣言するに至りました。

こうして、「日蓮の魂を墨に染め流して書いた曼荼羅(『経王殿御返事』)」が南無妙法蓮華経・日蓮在御判という漢字で書かれた日蓮宗独特の本尊(『本尊問答抄』)が出現しました。
日蓮はこの経緯や考えを『観心本尊抄』(法本尊開顕の書)や『開目抄』(人本尊開顕の書)に示しています。しかし、これは日蓮個人の思いや感想を信者に対する気配りのために手紙にしたためた消息文です。大乗経典の記述の中にあるものではありません。日蓮の思い込みが創作した日蓮の本尊です。本尊の構成は法華経の虚空会の儀式を象徴化したもの、との説明がされていますが説得力のない見解です。

日蓮が創作した本尊(曼荼羅)には次のような内容で構成され、漢字と梵字ではないのに梵字と説明されている不思議な文字(不動明王と愛染明王)が記載されています。
構成の内容は中央に「南無妙法蓮華経(題目)」と「日蓮」を配置し、(右上に)持国天、(右下に)広目天、(左上に)毘沙門天、(左下に)増長天を配置しています。
(題目の左側に)釈迦牟尼仏または釈迦牟尼如来、浄行菩薩、安立行菩薩、普賢菩薩、弥勒菩薩、大迦葉尊者、釈提恒因大王、大月大王、明星天子、十羅刹女、阿闍世王、大龍王、妙楽大師、伝教大師、八幡大菩薩、「愛染明王」を書いています。
(同右側に)多宝如来、上行菩薩、無辺行菩薩、文殊菩薩、薬王菩薩、舎利弗尊者、大梵天王、第六天魔王、大日天王、鬼子母神、転輪聖王、阿修羅王、提婆達多、龍樹菩薩、天台大師、天照大神、「不動明王」を配置しています。
この中では、中央の「南無妙蓮華経(題目)」、「日蓮」と花押、持国天、広目天、増長天、毘沙門天、愛染明王、不動明王が特に重要な意味を持つと解説されています。

日蓮の本尊は、法華経を象徴する本尊といいますが実態はそうでもありません。愛染明王と不動明王は密教の明王です。法華経の世界には存在しない尊です。
愛染明王は金剛界の明王の代表格で、金剛手菩薩(金剛薩埵と同体)です。愛染明王の徳目を求める密教行や護摩の本尊として重要視されている尊です。
不動明王は胎蔵界の明王の代表格の存在です。日本には弘法大師空海が招来しましたが、不動明王の徳目を求める密教行や護摩行の本尊とし重視されたことで有名になりました。
両明王とも密教の教主・大日如来(大日経、金剛頂経の教主であり、華厳経の教主・毘盧遮那仏と同体)の教令輪身(仏の教令に違背するものを忿怒身を持って教化する変化身)です。いわゆる大日如来の分身です。
日蓮は比叡山で学び、高野山に遊学した経験があるので明王の役割を理解していたのでしょう。しかし、日蓮は真言宗の阿闍梨を師僧に持たず灌頂を受けられる資格がないことから、高野山では正統な密教修行が許されなかったので何を学んだのかは不明です。
また、第六天魔王や六道を本尊の中に書き入れるのは異様な印象を与えます。法華守護の看守や獄卒の役割を持たせたのでしょうか。常識的には、信仰の対象となる尊は仏を守護する天部以上の尊格に限られます。

日蓮に関する不思議な記述をネット情報で見つけました。「寺伝によれば、1253年に川越(埼玉県)の天台宗寺院の無量寿寺(中院)において、尊海より恵心流の伝法灌頂を受けた」という記述です。とても不思議な記述だと感じます。恵心流は恵心僧都源信(942-1017)から始まる教学の流れであり、天台宗の「恵心流」と「檀那流」の二派から多くの分流が発生しています。恵心流は教学(理論)上で、天台、密教、禅の一致を主張し、観心(瞑想の法)を重視する一派です。一致ということは、教理の上下の関係性を論ぜず、同等と見做す立場(日蓮の立場は法華第一)と考えられますが、川越に天台宗の壇林が置かれましたが、壇林は学問を学ぶ場所であり、密教の修法ができる場所ではありません。

当時の天台密教(台密)には、恵心流という流派(近年は13流)はありません。流派が異なっても、伝法灌頂は同一です。伝法灌頂は密教(天台宗では遮那業)を修行する密教僧の特別な通過儀礼です。また、日蓮が比叡山で「12年籠山」を行ったかどうか、「四度加行」を満行しかどうか、定かではありませんが、いずれも否定的であると考えられます。日蓮が天台宗の正式な僧侶資格を取得していたかどうかも定かではありません。比叡山に修行僧として存在していたことは事実ですが、日蓮が鎌倉で処刑されかかった時、鎌倉幕府は比叡山に日蓮の身分を照会し(処断について)天台宗の意向を訊ねていますが、比叡山は日蓮を庇護しようとせず、その処断を幕府に委ねています。この比叡山の冷淡な態度から見て、日蓮は修行僧のまま正式な僧侶資格を取得せず、比叡山を下山した修行僧の身分にすぎなかったのではないかという疑問が考えられます。また、立宗宣言をしたことで、出家の師であった安房の清澄寺の出家の師匠から破門になっていた疑いさえ考えられるのです。清澄寺にも日蓮を庇護した形跡が見られないのです。

伝法灌頂が終われば「阿闍梨位」の許可(コカ=印可)状が交付されます。許可状(密教の血脈証明など数種)が発見されれば、新発見と考えられます。日蓮は天台座主であり台密の大家であった円仁、円珍を素人レベルの批判していること、また、伝法灌頂が受けられるレベルの密教の教学と実践(行)の基礎知識あれば、立宗宣言はできなかったはずだと考えられます。決定的な理由は、日蓮の著作にみる密教知識や理解度は評価に値しない素人レベルと考えられることです。日蓮宗には密教儀軌に基づく密教壇(大壇、密壇、護摩壇)がなく、密教法具を用いる密教儀礼が全く無いことからも日蓮の伝法灌頂はありえず、日蓮宗に正統密教の血脈はありません。

1253年は日蓮が立教開宗をした年ですが、日蓮は1253年から1254年千葉の清澄寺に在住し、1254年には鎌倉で布教活動に専念していました。日蓮がなぜこの期間に、禁足という修行道場から外出を禁じられて修行しなければならない「四度加行」(鎌倉時代は2~3年くらいか?)を満行できたのか?。また、天台宗は地方寺院に伝法灌頂を執行する資格を与えていたのか?。伝法灌頂は宗門の最高儀礼であり、本山の特別な高僧でしかこれを執行する資格も能力もないものです。特別な灌頂壇を設営し儀軌に随って数日の灌頂授法を行いますが、地方寺院にはその厳粛な灌頂儀式を支える多数の執行補助僧がいないこと、また、その能力も設備もないことなどから地方寺院が伝法灌頂を行うことは常識的には考えられません。

伝法灌頂は、密教の四度加行を満行した者だけが総本山の灌頂壇に入壇を許される特別な通過儀礼です。年に1回の指定日に入壇し数日かけて行う慣例であるところから、地方寺院で伝法灌頂を授けることなどありえないと考えられます。ましてや、密教の伝法灌頂を授法して「阿闍梨位」を取得した者が、同年に独立して立教開宗するなどありえず、伝統的に密教僧が法華経に入れ込むことは全く考えられません。天台宗内であっても、止観業(法華経)と遮那業(密教)とは修行の在り方も修学系統も全く違うことを知らなければなりません。この説には妥当性がないと考えられます。天台宗の座主職に就ける者は、密教の権威者であることが前提とされてきた伝統があります。阿闍梨位はその初歩の資格です。

日蓮は、信者から「末法の信者は何を持って本尊とするべきか」という質問を受けてその構想をあたためました。日蓮信者と念仏信者の乱闘(熱原の法難)の勃発を契機にして、その構想を具体化し書写して出現させたとの説明があります。ここでは理不尽な法難であることを強調して騒乱の当事者である代表的なを3人(神四郎、弥五郎、弥六郎)を熱原の三烈士として、信者の鏡として顕彰し続けています。
この本尊は「一閻浮提総与の本尊」と呼称されていることから、特定の弟子、旦那や信者のためだけではなく、すべての人々のために現したものだという普遍性が強調されてきました。
しかし、実際には、大石寺の奉安殿の奥深くに安置して拝観を願い出て許された信者にだけ拝観を許可してきたことで、拝観料の徴収手段として便利に使われています。信者以外は絶対に拝観できない仕組みです。

日蓮の書写した本尊には、驚愕する文言が書かれています。「頭破作七分」がこれです。悩乱する者は頭破作七分になる、との日蓮の戒めです。
悩乱とは、日蓮の本尊を悪しく敬うこと、日蓮の本尊を誹謗中傷すること、などを含むものと考えられますが、日蓮が何故にこの文言を根本尊形であるべき本尊にわざわざ書き入れたのでしょうか。
本尊悩乱の罪は堕地獄から逃れられない、血脈付法の法主の指導の下に正しく修業しなければ信仰の効果がないと言っているのであれば、まさに池田創価学会こそ頭破作七分そのものだと考えられます。

池田大作は、この本尊の写しである各家庭の本尊は「幸福製造器」であるから、創価学会員が題目を唱え続ければ所願成就は疑いなしという主旨の指導をして会員を感動させました。
日蓮の私文書を御書として信奉する信者は誤解しています。御書の中身には日蓮の誤解や思い込みなどが随所にあることを知らないのです。信仰には良い部分がたくさんありますが、リスクの高い部分もたくさんあります。法に帰依しても人に帰依してはなりません。
釈迦仏教の基本原則である「依法不依人」の立場から見れば、日蓮に対する帰依も池田会長に対する帰依のいずれもまともな信仰姿勢とはいえません。

日蓮が書いた信者への多数の消息文(手紙)に題名が付けられて日蓮宗系の人々が学ぶ「御書」に収録されています。
日蓮の指導には他の宗祖には見ることがない特徴的な論調があります。その一つが、日蓮の考える仏教観です。各宗の教義について、日蓮が主張する仏教観を基準にして異端としか言いようのない解釈を自在に展開していることです。いわゆる仏教学の範囲を無視した独特の思想を展開しています。
日蓮の宗論には釈迦を始祖とする仏教の匂いが消されて、日蓮の行為は末法の本仏であるとする特異な日蓮思想がさまざまに語られ、信徒のプロパガンダのツールとして使われています。

例えば、日蓮宗徒の間では知らない者がいないといわれる『開目抄下』の一文に「我並びに我が弟子、諸難ありとも疑ふ心なくば、自然に仏界に至るべし。天の加護なき事を疑はざれ。現世の安穏ならざることをなげかざれ。我が弟子に朝夕教えしかども、疑ひをおこして皆捨てけん。つたなきもののならひは、約束せし事を、まことのときはわするゝなるべし。云々」という一節はこのことを実感させる内容です。
この文は、日々の生活の中で日蓮の信心のゆえに起こる諸難に耐え切れず、また妻子の情にほだされて退転することなどを厳しく戒めるもので、信者の信仰のあるべき姿を規定する内容を持つ文と考えられます。日蓮の法華経の信心に疑いを持ち、日蓮の法華経の信心から退転すれば悲惨な境涯を歩むことになる、という戒めですが、見方を変えれば、脅しともいうべき精神の束縛を感じさせる文です。
日蓮の名言とされているこの一節を座右の銘とする日蓮信者は大変多いと聞きますが、積極的に日蓮に同意することによって、自ら強い意思を持って小日蓮となり日蓮に憑依されていくプロセスが感じられます。
日蓮信者にはいざという時の選択肢がなく、殉教の道を選ぶべきだといっているのでしょうか。
このあたりにオカルト宗教が持つという信者の精神の自縛性と拘束力が異様な足枷となって機能しているのではないかと感じられます。信者が教団に対して「とどまるも地獄、出るも地獄」と感じる場合は、その教団は間違いなくオカルト教団です。

日蓮本仏思想を受け入れた瞬間から、信仰の在り方、心構えが厳しく躾けられることになります。
例えば、「受くるはやすく持つはかた(難)し、さる間、成仏は持つにあり、此の経を持たん人は難に値うべしと心得て持つなり」(『四条金吾殿御返事』)」のように、日蓮の思想に殉じるためにあらゆる困難や犠牲にも忍耐する信仰心を植えつけられることになります。
日蓮の信仰は他人に説けば難に会うことを前提とする思想を持っています。

「法華経を信ずる人は冬のごとし、冬は必ず春となる。いまだ昔よりきかずみず、冬の秋とかえれる事を。いまだきかず、法華経を信ずる人の凡夫となる事を。」(『妙一尼御前御消息』)のように、法華経の信心を貫きと通せば必ず幸せになれるという勇気づけの信心指導をしていますが、これは信仰のあるべき姿から見れば、精神の自由を拘束して信仰心を縛り付けるオカルト宗教ではないかという批判を受けなければなりません。なぜならば、本来的に仏は信者の精神を拘束しない存在だからです。

また、「相構え相構えて強盛の大信力を致して、南無妙法連華経臨終正念と祈念し給えへ、生死一大事の血脈是より外に全く求ることなかれ。煩悩即菩提・生死即涅槃とは是なり。信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり」(『生死一大事血脈抄』)は、信心の在り方を規定する指導内容ですが、これらは創価学会・池田大作から離れたら哀れな人生を歩むことになるという脅しに使われています。
この教団の下では、日蓮の血脈は創価学会ではなく、宗門の代々の管長の専権事項とされているものですが、この判断は信者の信仰を決定的に評価することになることから、信者の意思を束縛する足枷になるものと考えられます。

日蓮は、日蓮こそが末法の本仏(根本仏)であると主張しています。例えば、「釈迦如来・五百塵点劫の当初・凡夫にて御座せし時我が身は地水火風空なりと知しめして即座に悟りを開き給き」(『三世諸仏総勘文抄』)などがこれです。この主旨は、日蓮は久遠元初の当初に悟りを開き絶対的な本仏となったということですが、この文の釈迦如来とは日蓮のことであると解説されています。
そこで、釈迦やその他の如来のことごとくが日蓮の仏法を学んで悟りを得たという三段論法を使っていますが、これがこの宗の特異性を表す特徴的な論法として批判の対象になっています。
『立正安国論』、『開目抄』、『観心本尊抄』、『当体義抄』が日蓮本仏思想に憑依される日蓮の代表著作です。

宗教の学び方は、まず批判の精神を持って検証を重ねなければなりません。正当な批判を許さない宗教団体はオカルトの傾向性を持つ宗教です。
作られたカリスマの権威で信者を統率すること、集団の力で批判を抑え込み封殺すること、集団で批判者を非難中傷すること、特異な教義を刷り込み信者を自縄自縛に陥らせたり、信者が意思表明できない雰囲気を持つ宗教はオカルト宗教です。

仏は信者を束縛しない存在です。これが仏教の大前提です。仏の心は、いかなる時でも衆生を救うさまざまな抜苦与楽の誓願で満ちています。仏の心と私たちの心は同じものです。
空海は「虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば、我が願いも尽きん」(『性霊集巻第八』)といって、宇宙がなくなり、人間が一人もいなくなり、悟りもなくなってしまうまで尽きることがない、とその精神を述べています。

空海の『性霊集』巻第9には、「もし自心を知るは仏心を知るなり、仏心を知るは衆生の心を知るなり。三心(自心、仏心、衆生心)平等なりと知るを大覚と名ずく」、また『秘蔵宝鑰、巻中』には「仏心とは慈と悲となり、大慈は楽を与え、大悲は苦を抜く、抜苦は軽重を問うこと無く、与楽は親疎を論ぜず」とあり、『般若心経秘鍵』には、「仏法遥かに非ず、心中にして即ち近し。真如外に非ず、身を捨てていずくんか求めん」とあり、仏法は他人の心の中に求めてはならない、と戒めています。

根本仏は修業によって悟りを得た存在ではありません。また、大宇宙の創造主でもありません。根本仏とは大宇宙にあるがままに存在する実在(宇宙の法則)そのものです。故に、根本仏は法身如来(大日如来=毘盧遮那如来)と特別に呼称され、人々を救済する誓願の成就によって証得した報身如来(阿弥陀如来、薬師如来など)や実在した人間が修業によって成仏した応身如来(釈迦如来)とは峻別されています。人身の日蓮が根本仏を僭称することは仏身論の基礎知識がない妄想です。