(33)-4日蓮仏教の研究④(日蓮本仏論)

『如来寿量品第16』には、時空を超えた仏の存在を示し、インドに実在した釈迦は仮の仏の姿であったとして、自身の本来の姿は永遠不滅の仏であると人々に解き明かすことが書かれています。
釈迦の弟子たちは動揺したことでしょう。釈迦が自身の久遠性を説きだしたのです。しかし、この仏の無始無終の永遠性こそが法華経の真骨頂なのです。

『分別功徳品第17』には、仏の永遠不滅性を信じて伝道する者の功徳は無量で仏の智慧を得る(成仏)ことができると書かれています。この宗派の人々はこれが真実の仏説であると信じ、これにあやかろうとする信仰を目的とする信者です。

『随喜功徳品第18』は、法華経を聞き感動して他の人に伝える人には絶大な恩恵があると説き、『法師功徳品第19』は法華経を弘通する人は超能力を得て、意識は明瞭となり、経文の一文を聞いても無限の意味を見いだせることができる、と説かれています。

法華経は、世尊(釈迦)の永遠不滅の存在を聞いて感動し、信じて「法華経を所持」し、「法華経の弘通」をする者の功徳を讃え、その恩恵の絶大なことを説き、超能力の獲得を説いています。

他宗では日蓮と同種の教義を立てた僧は出ていません。実は、僧は師僧の指導に従って修行することに特徴があります。経文の読み方、解釈の仕方は厳格に守られます。正当な僧侶は師僧を持つ身です。伝統教団の中で修業する身でありながら、師僧の指導を受けることなく、自由に発想し、自由な解釈ができる者は、事実上の師僧がいないことと同義です。何事にも縛りを受けたり叱責されることもありません。

日蓮は、法華経の読み方、考え方、解釈などが自由自在にできる自己の世界に陶酔しています。日蓮には形式的な師僧(道善房)はいましたが、実質的な師僧はいなかったと考えられます。
現代のオーム真理教の麻原彰晃の立場と同一と考えられます。大きな違いは、オーム真理教には日蓮宗系のように700年という生きざまの歴史が無いことです。長い歴史を持っているという事実がオカルト性を過小評価しているのでしょうか。

法華経を自己流で読んだ日蓮は如説修行の人となることを固く決意したと考えられています。
ここから、日蓮は法華経に説かれた数々の如説修行を自身に体験させることによって、自身の中に久遠の本仏を見出すという特異性の世界に入ったものと考えられます。

実は、法華経の教主(本尊)は何かということについて、天台宗をはじめ日蓮系宗派ではさまざまな仏身論を展開しています。
法華経は釈迦が説いた経典という体裁をとるので当然ながら教主釈尊を本尊とするのかと思えばそうではなく、身延の日蓮宗以外は釈迦如来を本尊としていません。
法華経の殿堂であり本家本元の天台宗・比叡山延暦寺の本尊は薬師如来です。
法華経は様々な場面で数々の教説が語られるので、教主を特定できにくい難点があります。
法華経のどの部分(品)を中心と見るかによって教主の受け取り方が異なってしまうという現象が指摘されています。日蓮本仏論はこのような状況の中で日蓮の妄想によってつくられたものです。

日蓮の最大の特異性は『如来寿量品第16』の文底に教主が秘沈されていると受け取り、文底下種仏法論(日蓮は久遠元初の自受用報身如来)という「日蓮本仏論」を唱えたことにあります。
人の感性だけでどうにでも意味づけができる文底などという概念を持ち込んだことは、日蓮の特異性です。論理性や普遍性が人々に認識されず、耳目を驚かす思想が先走った時代のことです。宗門の教理や道理に従う拘束力は機能していなかったのでしょう。
伝統的な教理からはずれれば、比叡山・天台宗から去らざるをえなくなるのは道理です。日蓮の自立はこのようなものと考えられます。

日蓮は末法の本仏は「凡夫僧」であるとして、自らが釈迦から結要付属を受けた上行菩薩の再誕であり、法華経を身を持って読んだ如説修行の凡夫僧であるとして、報身にこだわったと考えられます。

応身や報身を宇宙森羅万象の根本尊形(本仏)とすることは哲学的にも、仏教教理の上でも認められません。無始無終のあるがままに存在する宇宙森羅万象の当体は法身という存在なのです。
根本仏=法身の考えは、キリスト教やイスラム教の創造主=神の説とほぼ同じような概念をもっているのではないかと考えられるものです。日蓮の仏身論は妄想であり失当です。

日蓮及び日蓮本仏論を継承するこの見解は、正当な釈迦仏教の立場から、また、比叡山・天台宗から驚愕をもって受け止められた異説です。
この異説は伝統的な仏教理論を逸脱する妄説であり、多数の宗派から仏教の根幹に触れる問題を多く含むものであると考えられたことは当然です。

これらの論旨は法華経の解釈を故意に曲解するものであり、伝統的な仏教の立場からは強く否定されています。この宗派はその時代の権力者から弾圧される本質的な要素を持っていたと考えられます。
それにも関わらずこの宗派はこれを「法難」として受け止め、信徒に周知徹底してきました。
信者への教義の刷り込みによって批判を法難にすり替え、信者の抵抗力を盾にしてきた教団の体質は理性のある人々から疑いの目で見られ指弾されるべきものでした。世間の評価とのギャップは容易には埋まらないものと考えられます。

戦後にも日蓮系宗派の流れの中から「法華経こそが最高教典」と声高に叫ぶ新興宗教が僧の指導を受けることなく次々に乱立しました。
法華経が最高とする根拠は、誰もが平等に成仏できるとする「一仏乗の思想」、釈迦の成道が久遠の過去に成立したとする「久遠実成の思想」、久遠実成の思想に裏付けられた菩薩の成道を説く「菩薩行道」の三点にあります。
これらの法華思想は大乗仏教に多大な影響を与えました.。また、この法華思想は受け取り手(解釈する者)の嗜好を反映してさまざまな我田引水の妄説を生みましたが、日蓮系の新興宗教に象徴的に現れた顕著な特徴です。

日蓮が考えた「五重の相対」は、天台の五時八教の教判をベースにするものですが、①内外相対、②大小相対、③権実相対、④本迹相対、⑤種脱(教観)相対、というもので、この結論は法華経本門の文底に下種仏法の観心、すなわち、末法の本仏(日蓮)が秘し沈められている、という日蓮独特のプロパガンダです。
この教判には受け入れられない瑕疵があります。①の内外相対は世界宗教の知識がなく、宗教の本質である普遍性の認識を欠いたことで、キリスト教も、イスラム教も、ユダヤ教も、仏教以外の宗教はすべて外道で劣っているという乱暴な結論を持ってきたものです。これを世界に力説すれば思いもよらない災いを招き、戦争を招くなど危険性が高くなることが必定です。⑤の認識は日蓮本仏論を捏造するもので、オカルト宗教の指定を確実にする内容であるところから評価の対象となるものではありません。

実際に、小学生から僧侶として出家し純粋培養されてきた青年僧侶が布教のため派遣された南米で、この教理を不用意に信徒に語りオカルト宗教の指定を受けています。創価学会を育成した日蓮正宗の実話です。同様に、ノーベル平和賞の受賞者で世界的に著名なマザー・テレサをこの教理にそって批判し、キリスト教徒を憤慨させたのも日蓮正宗の青年僧侶でした。

日蓮の教学の重要な基礎は天台教学の数々の論理を借用して教義を構築していますが、日蓮の独特な解釈と妄想による味付けが特徴的に表れています。
天台教学の上に日蓮本仏論という妄想を乗せて独自性を主張しているだけですが、あたかも、強固な完成されたビルの屋上に無断で粗悪なプレハブのペントハウスを作って住み着いているようなものです。

日蓮の最大の咎は、法華経の精神を日蓮の妄想によっていびつに歪めたことにあります。日蓮ほど突出して法華経を褒め殺した人物はいません。日蓮が法華経の行者になりきろうとした目論見は、狂信者を育て上げただけでしかなく、完全に失敗していると考えられます。法華経は日蓮の所有物ではありません。珍妙な味付けも、プロパガンダの刷り込みも必要ありません。法華経の世界は、日蓮の妄想の中に閉じ込められるほど小さな世界ではありません。

不思議なことに、法華経が大乗経典の花形のようにもてはやされてきたのは日本だけです。インドにはその形跡が確認できず、天台宗の発祥の地・中国では衰退して見る影もありません。朝鮮半島では法華経によって開宗された教団は全くありません。
特に強調すべき事実は、日蓮が声高に崇拝した法華経の解釈は天台・伝教の両大師とは明らかに異質で同一性が認められないものであると考えられます。

日蓮の思想を継承した教団は、大きく分ければ、(A)釈迦本仏論の立場と、(B)日蓮本仏論の立場に分けることができます。
(A)の立場は、天台宗の流れにあることを強調して権力の弾圧を回避した人々の教団です。権力機構や他宗との軋轢を起こしたくない人々が属しました。
(B)の立場は日蓮の意思(日蓮本仏論)を受け継ぎ決して曲げない人々が属しました。

(A)の立場の特長
法華経の「如来寿量品第16」にいう教主釈尊(本仏)は釈迦如来のことであるみる立場です。
日蓮本仏論を否定し、日蓮は菩薩であると考えました。主な教団は日蓮宗(身延)です。
権力機構や他宗との軋轢を起こしたくない人々は、天台法華の流れの立場をとり、協調性を前面に出しました。
この教団の信徒団体には新興宗教団体の立正佼成会が結成されました。創価学会に対抗して信者の獲得に奔走しましたが大きく出遅れました。

(B)の立場の特長
法華経の「如来寿量品第16」にいう教主釈尊(本仏)とは日蓮であるとする法華経の異質な世界観を再構成しました。
この日蓮本仏論は、日興、日目によって継承されましたが、異質な教義が天台宗に弾圧され、時の幕府や権力機構から嫌われて認められず、時に、江戸時代は宗旨替えは法度に触れる罪であったことから折伏行為は罪となり数々の流罪者(遠島)が続出しました。
特に戦後の信徒団体の布教活動が活発となり創価学会を誕生させました。日蓮の思いは、代々の弟子によってではなく、傍流の信徒団体によって世に知られることになりました。

特に「不受布施派」「「興門派(日興の門流)」が日蓮本仏論を展開し独自性を強く主張しました。興門派は富士大石寺を総本山とする「日蓮正宗」及び元その信者団体(現在は破門になった)であった創価学会が知られています。