(33)-1日蓮仏教の研究①(法華経を知る)

法華経は釈迦滅後500年後の起元前後頃の100年間に編集された教典です。現世利益信仰や民間信仰が顕著になる時代のことです。
この頃、インドでは上座部(部派仏教・小乗教)と大衆部(大乗教)が様々な理念の違いから分離し、それぞれ違う道を歩むことになります。
法華経は、釈迦の精神を忖度した大乗の菩薩の手によって編纂された教典です。法華経を第一とする天台の「五時八教説」は大乗教典の成立時期や文献学からみるととても乱暴な説でしかなく何らの説得力もありません。

今日、一般的に広く各教団で常用されている法華経は「鳩摩羅什」訳の「妙法蓮華経」28品をいいます。この教典は「前霊鷲山会」「虚空会」「後霊鷲山会」の二処三会(特に虚空会は実在しない空想世界)を釈迦の説法場所として構成する教典です。
ここで釈迦は様々な方便を駆使して①仏の永遠性、②法華経を弘通する功徳、③法華経を授持する功徳を壮大なドラマで語ります。しかしながら、これらのドラマは大乗の菩薩が釈迦の精神内面の世界を空想して構成した物語であり、法華経の特異な世界観を醸し出していますが、他の大乗経典では見られないものです。

日蓮は法華経を未来の預言書として受け取りました。日蓮自身が久遠の本仏であるとの確信を持ちました。法華経で語られたドラマがすべて真実であると受け取りました。
日本のような「島国」から見れば無理もありませんが、大陸のインドや中国では他国の侵略や国内の内乱・動乱や政変はごく一般的な出来事です。内憂外患はどの国にも存在する事実です。

従って、日蓮が法華経の力で神風を起し、蒙古軍を海の藻屑にして退散させたと伝承してきた故事は日蓮の特異性のあるプロパガンダに過ぎないと見られています。
当時、未曾有の国難にあたり、蒙古軍の敗退や退散を願わない僧はいません。幾多の僧が日蓮と同様に祈祷した事実があり、日蓮の功績と主張するのは正当な評価とはいえません。
しかし、神風の実体は自然現象の台風です。祈祷や人の意思によって自在に操れるものではありません。日蓮のプロパガンダは失当です。

華厳宗(奈良・東大寺)に対しては、法華経と華厳経はいずれが優れているかという争いがありました。これについて、日蓮は『本尊問答抄』で『華厳経』を「臣下の身を持って大王(法華経)に順ぜんとするが如し」として、法華経が優れていると言っています。
日蓮がこの根拠としたものは、天台教学では華厳経と法華経はともに円教であるが、華厳は別教を兼ねるため純円教の法華経に及ばないとすることを理由とするものです。

日蓮の教学は天台教学を便利に援用するので無批判に受け入れる傾向性があります。
天台教学は法華経を最上とする法華経至上主義によって強引に創作した教理で塗り固められた論理であり、これを援用する論旨には正当性も妥当性もありません。

天台と華厳は大乗哲学の双壁と称されました。空・仮・中の三諦円融の教理を持つ天台と十玄・六相の教理で法界縁起の妙旨を説く華厳との教理の優劣浅深を見極めることは容易ではないと評価されています。
顕密の立場を問わず、大乗仏教を理解するには華厳経と法華経は必須と考える専門家が多くいます。大乗仏教の性格がよくわかる教典だからです。

空海は『秘密曼荼羅十住心論』・『秘蔵宝鑰』において、天台宗を第八住心の「一道無為心」に位置づけ、華厳宗を第九住心の「極無自性心」に位置づけ華厳を法華の上位にしました。
空海は、真言密教から見れば、天台宗は入仏門の初門であり「かくの如き一心は、無明の辺域にして、明の分位にあらず」と評価しています。

天台の五時八教論を借用して打ち立てた日蓮の教義や主張は失当です。日蓮が法華経至上主義の立場で非現実的な法華経の文言でさえ真実を語る経文として利用し続けたことは非難に値する行為です。
日蓮本仏論は日蓮の妄想が生み、天台・伝教を便利な露払いに利用する妄想に過ぎないといっても過言ではありません。

神道に対する日蓮の評価と振る舞いには目を覆いたくなります。日蓮は思い込みによって度々仏罰を振りかざして神々を叱責(「諌暁八幡抄」など)しています。
日蓮の思想に依れば、日本古来の神々は法華経守護の使命を負っているので、法華経の行者(末法の本仏)日蓮を見捨てるようなことがあれば、法華経に偽りの誓いをした大妄語の罪により無間地獄に落ちるというものです。

日蓮は、日本古来の神々を法華経を守護するガードマンして捉えました。日蓮が書いた曼荼羅には大乗の諸菩薩とともに、天照大神や八幡大菩薩は法華経を守護する諸天神として護法の役割を持たされています。
日蓮によって日本古来の神々は法華守護の下僕の地位を与えられたのです。
日蓮の思想は日本人の伝統的な神道思想を否定するものです。神道(神社)の方々を怒らせるに十分な妄説です。

法華経はこれを読む受け取り手によって様々に解釈されてきました。しかし、どのように受け取るかは読み手の自由と考えるのは間違いです。日蓮の読み方は尋常ではない特異性に満ちていると見ている識者は多いのです。
中国の天台大師・比叡山の伝教大師も日蓮には驚愕し、便利に名前を使われたことに怒りを感じているものと考えます。
天台、伝教の法華経と日蓮の法華経は全く異質なものです。この二つが混同されないように峻別する必要があるようです。

法華経三部経について述べたい。法華経三部経は、法華経の開経に『無量義経』を、結経に『観普賢菩薩行法経』を置くものですが、これは、中国天台宗の開祖・智顗が定めたものです。

しかし、『法華経』は釈迦滅後500年前後(紀元頃)に成立した教典です。『無量義経』1巻3品は、481年、中国・南斉の曇摩伽陀耶舎・訳です。この中の「説法品」に「四十余年未顕真実」ということばがあり、法華経の序品に「大乗教の無量義・教菩薩法・仏所護念と名づくるを説きたもう」というこばがあることから、この経は法華経の開経とされました。

『観普賢菩薩行法経』は中国・劉宋の曇摩密多(356~442)の訳ですが、法華経の「普賢菩薩観発品第28」を受けて書かれた内容であるため法華経の結経とされたのです。

『無量義経』も『観普賢菩薩行法経』も法華経成立後、500年前後の後に訳されたもので、法華経を釈迦の真説、最高の経とするために整合性を持たせて作られた偽経ではないかとの疑いが濃厚です。
『無量義経』は中国で作られたとする偽経説(岩波・仏教辞典第二版P995)があります。

これらの教典の内容で問題となるのは法華経を際立たせるための数々の工作です。これを後年の無責任な日蓮信者が振り回して害を為すことです。
日蓮信者の法華経に受ける感動の大きさが無批判な称賛となり、世間や他人に向けられたプロパガンダとなって、無意識に害悪をまき散らすことが問題なのです。

日蓮宗系の諸派の教義から天台の教義を取り除けば、とても仏教とはいえないオカルト宗教になってしまうのではないかとも考えられる宗派があります。
法華経を所依の教典とするからといって当然のごとく仏教であるとはいえません。
仏教であるかどうかはその実質と教義内容により適切な判定をしなければならないことは当然です。
日蓮宗系の諸派は、冷静にオカルト宗教と間違えられない対応を信徒に指導すべきです。
妄想でしかない破邪顕正の旗を掲げることに現代的な意義はないと考えます。

日蓮宗の主な団体は下記の通りです。

○日蓮宗(総本山:身延山久遠寺、開山:日蓮、第二祖:日向)
全国日蓮宗本山会には48本山が加盟。 他宗派とも穏健に接し協調路線を取っています。
呪術と加持祈祷の修法を持つ。法華経の効験を現実化させる、という説明ですが、
本来的に、法華経にはこのような修法はないので日蓮法華の大きな変質といえます。

○日蓮系宗派 12本山 他宗派を排斥し強引な折伏で社会的な批判を招く宗派が存在する。
・日蓮正宗:(静岡:大石寺、第二祖:日興)
特徴:日蓮没後から身延山と日蓮の本流(本家)を争う因縁の間柄にある。
江戸、明治から意に反して身延山の末寺に組み込まれたが戦後に独立する。
日本最大の信者団体「創価学会」を持つが対立して破門し絶縁状態になる。
・顕本法華宗(京都:妙満寺)
・本門法華宗(京都:妙連寺)
・法華宗本門流(京都:本能寺、静岡:光長寺、千葉:鷲山寺、兵庫:本興寺)
・法華宗真門流(京都:本隆寺)
・法華宗陣門流(新潟:本成寺)
・日蓮本宗(京都:本山要法寺)
・日蓮宗不授布施派(岡山:祖山妙覚寺)
・不授布施日蓮講門流(岡山:本山本覚寺)
日蓮宗とその系流には60本山があります。

○この他に、戦後に多数の新興宗教団体が創立されました。下記が主な団体です。
・霊友会(久保角太郎、小谷喜美)
・立正佼成会(庭野日敬) 212万世帯
・創価学会(牧口常三郎) 803万世帯
・その他 多数につき省略