(25)中期密教の成立(インド⇒中国⇒日本)

密教経典の特色は、大日如来が金剛薩埵たちに自分の悟りを隋自意の立場で説くという内容になっていることです。密教では相手の機根に合わせて隋他意の立場で対機説法をするという方法は取りません。

密教には、特徴的な視点があります。それは、①信仰の対象(仏陀観)、②信仰する人(人間観)、③人が生きる世界(世界観)です。人が生きている世界をどの様に考えるか、人はどの様に生活し、どの様な修行をして、何を目指した生き方をするのか、という問題を真正面から捉えようとするのです。
即身成仏への道は、真実に生きる道です。密教特有のマンダラ思想は悟りの境界をシンボリックに表現した心と真実の世界観を示しています。

毘盧遮那仏(華厳経の世界)は、顕教の世界では沈黙の仏でしたが、密教の世界では雄弁の仏となり、宇宙の事象に仮託して常に法を説く法身の「大日如来」(サンスクリット語で「マハー・ヴィロチャーナ・ブッダ」)となります。しかし、大日如来の言葉は深遠な仏の言葉だから凡夫には理解できません。凡俗には秘密とされることから「密教」と呼ばれています。

密教では、大日如来の分身が様々な仏、菩薩、明王、天部の諸尊となって、人々と相対するようになります。
大日如来を「普門総徳」として、諸仏、菩薩、明王、天部は大日如来の徳の一部分を表す「一門別徳」と位置づけます。この関係性は「普門即一門」として統一されています。
両部の曼荼羅はこの統一性をパンテオンという形で具体的に示しています。密教は大乗仏教の諸仏・菩薩をあるがままに統合的に継承しています。
密教は大乗仏教ばかりでなく、あらゆる宗教を統合することが可能な多神教の性格をも合わせ持っています。

密教(タントリック・ブデイズムまたはエソトリック・ブデイズム)は、インドで発生し発達した仏教の最終形です。インドでは、いかなる宗教も民族宗教のヒンドゥー教の影響を受けましたが、密教はその秘密性に於いて、仏教の中で特殊な発展を遂げた大乗仏教の最終形です。
体験の深さを強調することや「深秘の教え」という意味が含まれることから「秘密仏教」という表現をされることもあります。
中国、日本に伝わり、また、チベットに伝わりそれぞれ独自性のある展開をしました。
インドで一般的に用いられる呼称はバジュラ・ヤーナ(vajra-yana)といいますが、「金剛乗」と訳されています。大乗の中で更に発展の深まりを示したことから「金剛大乗」(バジュラ・マハーヤーナ)、また、真言を用いることから「真言乗」(マントラ・ヤーナ)ともいわれます。

金剛乗は、インドでは大乗仏教の中の最高の教えという美称として使われました。密教は大乗仏教の到達点に現われた思想であり、その宗教儀礼も、観法も、呪法も大乗仏教に本来的に備わっていたものが、更に深耕されて展開したものと考えられます。これが、大乗仏教から密教へ展開された仏教の歴史的な道程といえます。
秘密とは、大乗の菩薩のために説かれた奥深い教えをいいます。8世紀初頭に著された『大日経疏』には、「秘密とは如来秘奥の蔵にして、顕露の常の教とは同じからず」(巻第十五)と述べられています。

インドで密教がいつ頃に起こったかは今後の研究を待たなければなりませんが、タントリズムを密教と捉えれば、紀元前2000年頃のインダス文明の遺跡の中に求めることができます。
また、古代アーリア人が作ったインド最古の宗教文献・ヴェ‐ダ(バラモンの根本聖典)の中に見出だすことができます。マントラを口ずさんで神々に攘災招福という現世利益を祈ったのです。
神秘主義的、呪術的、儀礼的な要素は、初期仏教以来、様々な形で教団の中に潜在していましたが、大乗仏教の興起とともに次第に表面化するに至りました。

密教儀礼は陀羅尼とか真言による攘災招福の信仰によって次第に整備され、バラモン教やヒンズー教の神々が仏教の諸仏、諸菩薩に姿を変えて摂取され、多神教的な傾向性を顕著にして行きました。
これは仏教の優位性を示し、他教徒の吸収を目指したデモンストレーションと考えられます。
古来インドの民衆の間で根強く信仰されてきた呪法と儀礼が、大乗仏教の思想的な背景を踏まえながら仏教独自の実践法として、密教経典の中に再生したものと考えられています。

密教が中国に初めて伝来したのは、3世紀初頭の前漢滅亡後に覇権を競い鼎立した魏・呉・蜀の三国時代のことと考えられています。玄奘三蔵がインドから経・律・論をもたらした直後の7世紀中頃-8世紀初期頃、善無為によって『大日経』が訳され、金剛智によって『金剛頂経』が訳されて純粋密教が成立しました。
また、不空が『金剛頂経』系の多くの経典を訳して密教の深い教理を中国仏教界に認知させたことで、遅れてきた最新の密教が大乗仏教の最終形の到達点の輪郭を表現する存在感を示すようになります。これによって密教が中国仏教界で重きをなす宗派として興起しました。

インド密教史の研究では6世紀までを前期とし、この期間に編纂された密教経典を「雑密」といいます。7世紀を「中期」とし、この期間に編集された経典を「純粋密教」(純密)といいます。日本に請来された密教は、東密、台密ともに純密(中期密教)です。
8世紀以降を「後期」とし、この期間に編纂された密教経典を「後期密教」といいます。
後期密教ではヒンズー教的な要素がよりいっそう顕著になりますが、その主題は「慈悲」と「智慧」であり「現証(現世利益)」と「成仏」を目指すという顕教(大乗仏教)と同一の共通点を持っています。

空海の真言密教はインド、中国の中期密教を空海の思索によって独自の発展を遂げたものです。
真言宗は空海が開いた宗派です。密教を同じ意味で、「秘密乗」、「秘密仏乗」、「秘密一乗」、「秘密曼荼羅教」などと表現することがあります。また、一乗仏教を強調して教法の最高性を表現するときは「金剛一乗」といいます。

真言とは、サンスクリットでマントラ(manntora)といいます。「神々に捧げる賛歌」または「神を讃える短い言葉」を意味するものですが、空海はこれを「真実の言葉」、「真理の言葉」と理解しました。
真言は大日如来の自内証の悟りそのものを示す真実の教え、という意味に解釈するのです。
このような意味からみれば、真言は、宇宙の真理そのものを仏の悟りの内容とする大日如来の法身説法の教えです。真言宗の名前の由来はこのような理由によるものです。

密教の分類はインド、中国、日本では異なります。密教という場合は、地域別にどこの密教かを限定しなければなりません。密教が伝播された地域は、インド、中国、日本、チベットとその周辺諸国、モンゴル、ロシアとその周辺諸国です。

密教の分類は次のように考えられています。
中国・日本での密教の分類は、『雑部密教』(雑密)と『純粋密教』(純密)に分けることが伝統的な分類です。経典の内容からみて仕分ける分類法です。
古い密教から650年頃までに成立した経典を一括して雑部密教と位置付け、その後、650-700年頃に成立した大日経系や金剛頂経系の経典を純粋密教と位置付けました。