(39)-4韓国の反日政策④(日本は仮想敵国)

本章の記述には、平成25年11月、読売新聞が掲載した「冷え切る日韓」シリーズの№4「日本は仮想敵国・常識(19日付)」、同№8「韓国世論過度に意識(24日付)」、同№9「決断せぬ韓国へ・疲れ(26日付)」、同№10「日本に向く『恨』の感情(29日付)」、同№11「対韓譲歩『何も生まない』」、「対韓国『冷静毅然』が鍵(12月1日付)」を参照し、一部の文章を引用しています。

朴正煕韓国大統領が始めた朝鮮(韓国)民族に誇りを持たせるための歪んだ歴史教育は、出口のないナショナリズムを形成して国民に過度に民族の誇りを刷り込んで浸透させました。露骨な日本敵視政策(反日運動)の教育が継続的に行われてきた結果、これからの韓国社会を背負って立つ中枢世代に回復困難な反日思想が刻み込まれています。

韓国政府が継続的に行ってきた反日教育が国民に浸透し、激しい敵愾心を植え付けすぎた結果、「反日」行動には修復困難な生理的な嫌悪感が表面化しています。日本との関係は、外交努力で信頼関係を築ける状態ではないレベルに達していると考えられます。歴代の韓国政府が、日韓関係を事ごとに「反日」問題にすり替えて国民感情を煽り続けてきたことで、韓国政府でさえ制御できない「反日」モンスターがをが育ってしまいました。韓国政府は「反日」の国内世論に縛られ、国内世論に配慮する姿勢を取るために極めて過敏で露骨な対日批判を続けなけなければ国民の納得が得られないジレンマに陥っています。

いま、韓国政府は対日外交で世論の反発を招く対応をとれば、国民の激しいデモや抗議にさらされ、国会で野党から厳しく追及されることになることから、大統領が日本に柔軟姿勢を取ることは相当難しいと考えられています。韓国の歴代政権は、反日批判の姿勢を取ることで政権浮揚の材料にしてきました。国民の支持が低下した政権は、支持率の低下を浮揚させるために「日本たたき」に走る傾向性を持っています。

韓国政府は国民の反日感情を考慮して、日本を格下に見せようとする演出をしてきました。韓国の対日外交の姿勢にはこのような意図が隠されています。日本との外交問題では、韓国が日本を格下にする一流国家であるかのごとく国民にアピールし、日本に厳しい対応をとることで韓国民の信頼を繋ぎ止めようとするパフォーマンスに走ります。

中国と韓国の国民性には特徴的な共通点があります。いわゆる、「メンツ」と「体面」をことのほか重要視することです。正義や真理の探究よりも、人格の信頼性よりも「メンツ」と「体面」の見栄えの良さにこだわる悪弊があります。国内問題であれば、多民族国家の隠れた瑕疵として見過ごされるものであっても、対外的な外交問題になれば、他国の信用性や信頼性を大きく損なう欠点となります。

中国と韓国の価値観には特徴的な共通性があります。日本は軍事力を行使して両国を侵略した過去があることで、外交問題では両国政府の立場に配慮する気配りを続けてきました。しかし、両国とも日本が政治的な配慮で譲ってくれたなどとは考えません。自国の言い分が正しいから日本は言い返せない負い目があると考えます。両国に対する膨大な資金援助のことごとくが戦争犯罪の賠償の一部と受け止められ、日本は強く言い張れば金を払う国として甘く見られてきました。見返りがない相手に配慮してきた日本外交は素人外交でした。

中国共産党が一党独裁支配する中国、市民の言論の自由や報道の自由を認めない国家に将来性があるとは考えられませんが、「反日政策」で国民のナショナリズムを誘導し、対立を煽ることで国民の信頼を繋ぎ止めてきた共産党の政治的プロパガンダは本当に厄介です。韓国と共通する計算ずくの政治的パフォーマンス「反日」は、国民の目を国内問題からそらさせ、日本を非難することで国民を団結させる手法です。中韓の政権は、国内問題を抱えた時にはいつでも何回でも「反日」を便利に使い続けてきました。

これらの同じ手口にいつまでも振り回されてきた日本の外交能力は最低でした。戦前も、戦後も日本の政治家と外交官の能力は素人同然の情けないレベルにあります。日本政府や外交官は真剣に外交能力の質的な向上を欧米外交から学ぶべきです。しかし、日本に外交能力が欠落してきた主因はGHQの占領下で拙速に作られた日本国憲法の存在にあります。

国力(軍事力、外交力、政治力、経済力、民力などの総和)の認識が薄弱で、自国の国益を自国で守る強い意志や気力に欠ける国が外交問題でまともに相手にされるわけがありません。自国の防衛を他国に頼る国家、他国の保護のために自国民を危険性にさらす同盟国があると信じる国家が紛争の相手国からまともな外交能力を持っていると認められないのは道理です。

日本は、GHQの占領下で拙速につくられた世界に類のない硬性憲法を持ち、私たちはこの憲法を平和憲法と教え込まれてきました。戦後68年間一言一句の文言さえ変えることができなかった平和ボケした国家です。戦争になったとしても自国の国益は死守する気概を持つ中国、韓国、北朝鮮、ロシアに囲まれている日本は危険な地勢上に位置している現実の危険性にいつ気づくのでしょうか。本当は、この憲法を長く持ちすぎたことで、隣国の挑発を受け続けるリスクを背負ってきたとも考えられるのです。

平和ボケは日本の国民病なのでしょうか。中国や韓国からなめられ続けた戦後の日本外交の貧弱さはどこに原因があるのでしょうか。日本が毅然とした態度を表明し続けなければ、中国や韓国の「反日政策」はやむことがない性質のものです。中国、韓国そして日本にも話し合いで相互理解を深め、共存共栄の平和を実現した歴史はどこにもありません。三国の歴史には、その時代に軍事力の優勢な国家が劣勢な国家を侵略した事実が数々ありますが、三国とも加害者(勝者)の立場と被害者(敗者)の立場の両方とも経験しました。三国には因縁の歴史があります。

話し合いで「反日」を変えさせることができる問題だと考えることができる人は、失礼ながら、「いい人」や「おひとよし」と見做されて、中国や韓国から評価される人々です。戦後の学校教育がこのような人々を大量生産してきたことが、日本外交が立ち直れない原因ではないかと考えられます。教員の資質に問題があるのではないかという仮説が考えられます。

実は、憲法第9条は、独立国家が持つべき固有の自衛権(国家と国民を護る権利)を放棄するというありえない規定を宣言しています。これを法的に評価すれば、日本は国家と国民の自由、財産、安全性を護る力を放棄したと宣言していることと同義です。この規定はGHQの占領下で無気力な政府が国を守る気概を喪失して受け入れた条文でした。天皇制を廃止したいGHQの意向を思い止まらせるためにさんざん努力を尽くした政府は、肝心要の国民を護る自衛権の放棄は簡単に認めました。将来を見通す能力がなく、国民の事を考える余裕がなかったと考えられます。まさか、熟慮の上で、国の自衛権を放棄することが国民の幸福の為になるという判断をしたとは考えられないからです。

敗戦のショックが大きすぎたのではないかと感じられますが、GHQの命令で制定された憲法は、日本が再び単独で自国防衛の軍備を持てないように、憲法改正の規定が厳重に縛り付けられたものでした。各議院の4分の3位以上の議員の賛成があることによって改正発議ができ、国民投票で可否を決定する、というものですが、これは事実上の改正をできないようにするものでした。独立後には、平和を享受できたことで、国民に不思議な平和主義が蔓延して、平和ボケの国民を大量に生産してきました。日本だけ平和の中にいられたことで、憲法のおかげだと信じる人々が蔓延したのです。まともな自衛権を持たない国家が長く平和を享受できた歴史はありません。なぜなら、周辺国の国益を満足させる保証がないからです。豊富な地下資源が発見されたり、有利な経済水域を持てば、侵略の対象となることは確実です。

中国と韓国の共通点は、中華思想と華夷秩序いう妄想を本気で信じているところにあります。この特徴は、自国が世界の中心と見る妄想の価値観に覆われている危険性にありますが、常に他国を見下せる存在だと信じる人々が多数生息している不思議な国家だということです。この両国が貧困に喘いでいたうちは国際問題を起こす力がありませんでしたが、日本政府の行きすぎた安易な懺悔心や援助策の読み違いにより、中韓に国民の血税を大量に注ぎ込み、金と技術を提供し続けた結果、国力を増進して、国民が強い自負心を持ち始めました。しかし中韓には、日本の援助に対する感謝の気持ちは全くありません。むしろ、不満を助長させて民族主義を覚醒させ、競合者や敵対者を多数作ってしまいました。無能な日本外交の結果責任です。

中韓の特徴は、中華思想と華夷秩序の妄想を持ちすぎたことで、他国の侵略を受け、産業技術の基盤整備が遅れたことにありましたが、戦後、両国は日本の技術協力や他国の産業技術を模倣(多数の特許侵害がある)することで、徐々に国内産業の育成に成功を収めるようになりました。

1985年の日韓国交正常化以来、日本外務省は、韓国との外交交渉で「情7:理3」の割合で向かい合うように心がけてきた伝統を持っています。韓国の立場に配慮して「情」で対応してきたのが日本外交でした。ところが、情の配慮は何も生まず、韓国の要求をいたずらにエスカレートさせてきただけでした。韓国には「原理原則を曲げた対応してはならない」という反省の念しか残らなかった、ということです。

これまでの植民地支配を反省する言葉は、日本がその言葉にどれだけの万感の思いを込めようとも、韓国が受け入れて納得するということは今後とも考えられません。「反日」は日本からさまざまな名目で賠償金を奪取できると思い込んでいる「打出の小槌」であり、ファビョン国民を簡単・自在に扇動できる「万能薬」です。こんなに便利な「万能鍵(マスターキー)」を簡単に手放す韓国ではありません。「反日」は外交問題で日本を打ち砕く斧です。「反日」は韓国が握って決して手放すことがない「ジャパン・ディスカウントの野望」の標的にされているのです。

韓国の要求はエスカレートするばかりですが、日本の配慮(資金援助)は韓国民に隠され、感謝された例が全くありません。日本国民の血税を使った特別な配慮が通用しない相手に向けられた日本の贖罪意識は日韓の外交問題の解決には全く効果がないばかりではなく、むしろ有害無用であったといえます。原理原則を曲げない毅然とした基本的な外交交渉に軌道修正するべきだと考えます。

国家間の民族の争いや領土や資源の奪い合いには、理念や道理で解決できない性質があります。自力で国益を守る実力を持つ国家間では、外交交渉で互いに譲りあいが可能な折衷案で解決するしかありません。国力が拮抗していれば痛み分けで解決する方法がとれます。しかし、一般的には、国力のある側が相対的に劣る側に譲らせることで国益を確保しようとするエゴの世界の中にあります。国力の格差が勝敗を決める不公平な結果を招くのです。

日本は、憲法上の問題で自衛力(相手国を自制させる力)を行使できないので外交力に威圧感がありません。外交問題では、中国、韓国、北朝鮮、ロシアから軍事衝突の危険性がない安全牌と見られてきました。格下の扱いを受け、あたかも準禁治産者や肥えた座敷豚ていどの認識しか持たれていません。実は、日本の現憲法擁護論者のかたくなな護憲姿勢が中国、韓国の「反日」を力強く後押ししている側面があります。護憲勢力の健在は日本の圧力を削ぎ落とすもっとも効果的な存在です。敵の敵は味方という視点では、護憲勢力は味方なのです。何もすることなく安全に、日本を軍国主義の権化とする非難を浴びせて日本を抑え込めるのですから。現憲法は中韓の優位を強力に支援する遊撃隊の役割を持たされてオウンゴールに利用されています。北朝鮮の拉致問題が進展しない理由の一つが正にこれです。

近年、経済力でも中国と韓国は日本を評価しなくなり、「日本たたき」を公然と行い、軍事的な挑発でさえ平然とするようになりました。日本の憲法の縛りがきつく、日本が緊急事態に対応できないことを熟知しているのです。外交問題が発生したつど、日本が立場を明確にして反論してこなかったことで、日本より韓国が上、中国が上というナショナリズムが定着してしまったのです。

中韓とも日本の資金援助や技術の提供(盗用を含む)で立ち直れた国家ですが、姑息な日本バッシングを世界に向けて発信している国です。抜きがたい怨念、劣等感やジェラシーがそうさせるのではないかと、ほとんどの日本人が考えているかもしれません。しかし、外交問題で国益を毅然と守る姿勢を示さなかったことで、日本はもはや格下の存在、何を言っても大丈夫となめられていると考えられます。無能な日本外交の責任です。

韓国人には特有の「恨(ハン)」の文化があります。「恨(ハン)」とは、韓国民衆の被抑圧の歴史が培った苦難・孤立・絶望の集合的感情(広辞苑)を意味するものですが、嘆きや恨みを行動のエネルギー源とする思考方法に表れます。日韓両国は、これまでの首脳会談で何度も「未来志向」を確認しましたが、両国間で懸案が上がるたびに韓国で「恨(ハン)」の感情が頭をもたげて問題をこじらせてきました。

韓国大統領は外交儀礼を失する態度を取ります。たとえば李明博は天皇のことば「痛惜の念」を批判して、「そんな言葉を見つけてくるくらいなら、天皇は韓国に来る必要はない」とかたり、政権末期には突如として竹島に上陸し韓国の領土であるとパフォーマンスを演じて日本を憤慨させました。また、朴槿恵は伊藤博文を暗殺した安重根を英雄とする記念碑を中国・ハルピンに建立する提案を中国訪問で習近平国家主席に提案し、米国・欧州でも歴史問題で日本政府や安倍首相を非難しました。外交儀礼上、他国を訪問して第三国(日本)を批判するのは極めて異例です。外交上、あってはならないことですが、それをあえてやったところに韓国のファビョン史観が噴出したものと考えられます。日本外務省は、「朴大統領の行動は『恨』そのものだ」と見ていますが、「恨」はファビョン(文化結合症候群という精神疾患)の特徴的な表現内容と考えられるものです。

韓国には「加害者と被害者という立場は1000年の歴史が流れても変えることができない」という発想があります。韓国で今年4月に出版された「千年恨 対馬島」のことばです。この本は「対馬は古くから韓国の領土だ」という立場をとっていますが、この本の裏表紙には「日本は歴史を捏造している 見よ、1000年の間韓民族を侵略し続けた悪魔の正体を」というファビョンの主張が書いてありますが、この本は北朝鮮と協力して日本を攻撃する、という発想を書き連ねたものです。韓国は、北朝鮮の軍事的脅威を批判しながらも同朋意識を抱く矛盾を抱えています。

1993年の「ムクゲノ花ガ咲キマシタ」(金辰明)は、500万部以上も売れたベストセラー小説ですが、題名の意味は、竹島の奪回を狙った日本軍が武力攻撃を仕掛け、韓国本土の爆撃が始ったタイミングに北朝鮮から「ムクゲノ花ガ咲キマシタ」という符牒が届いた。その内容は北朝鮮と共同で極秘裏に進めていた核開発に成功したという連絡であった。これで形成が逆転して韓国は核ミサイルを日本に発射して日本が降伏を哀願するという筋立てです。

「ムクゲノ花ガ咲キマシタ」は1995年に映画化され、当時、この映画をソウルの映画館で見た武貞秀士・拓殖大講師は「核ミサイルが日本に向けて飛ぶシーンになると、韓国観客が総立ちで拍手した」と証言しています。韓国人はもともとの敵愾心に加え、軍事的な警戒感を抱いていることが影響してと考えられます。韓国軍の装備は日本の自衛隊との戦闘を強く意識して計画的な装備をしてきましたが、軍事専門家は、海、空の防衛能力を比較すれば、中国、韓国の装備は自衛隊に見劣りしている、と評価しています。日本の防衛力は海と空の防衛装備が中韓から見劣りするようになれば、中韓の挑発を受けて現実の脅威にさらされることが確実です。中韓が日本を仮想敵国として軍事力を増強していることは事実です。

韓国政府は、安倍政権が進める集団的自衛権の行使に関する憲法解釈の見直しを「軍国主義復活」と言って批判しています。日本の軍事力が増強することを極度に警戒しているのです。中国からも声高な不思議な批判が聞こえてきました。しかし、これは異常な見解です。韓国、中国とも軍隊を持つ国家です。両国は他国が軍隊を持っても批判できる立場ではありません。特に中国は核武装した軍事国家です。東南アジア諸国の海洋の権利を侵害している軍事大国ともいえる中国は危険な存在です。中国と韓国には日本の国防を批判する権利も正当性もなく、日本の国内問題(国防問題)に容喙する資格はありません。

韓国、中国がなぜ軍国主義などという陳腐な批判をするのか、それは明白です。日本の国防力の整備が進めば安心して日本に軍事的圧力を加えることができなくなるからです。韓国が竹島を違法に略奪できたのは、敗戦の立ち直りができていなかった日本の国防体制の不備を突いたファビョンの李承晩大統領が突然に李承晩ラインを引いて竹島を簒奪し、日本漁船を拿捕し始めたことが発端でした。虚勢を張っている韓国が竹島に軍事駐留して日本に挑発を繰り返している狂気じみた異常行為は、内心では不安でいっぱいだと考えられます。

韓国のシンクタンク「峨山政策研究院」の韓国世論調査(2013年8月末~9月上旬実施)では「韓国の軍事的脅威」について、北朝鮮の脅威が70.7%、日本の脅威は62%でした。韓国軍と海洋警察庁は、10月25日、韓国が不法占拠している竹島で、外国人の侵入を想定した上陸訓練を敢行しました。韓国国防省関係者は、日本が竹島について不当な領有権を主張していると信じている(韓国全体の主張)ことから、日本を仮想侵入者(敵国)とする訓練であったことは疑いを入れない明白な事実と考えられます。

朝鮮半島論を専門とする武貞秀士・拓植大講師が韓国人研究者に「日本はどうしたら許されるのか」と質問したら、(日本は35年間、朝鮮(韓国・北朝鮮)を植民地にした)「韓国が日本を35年間植民統治すれば、我々の気持ちも治まる」という答えがあった、という。こんな韓国に日本はどのように向き合えばいいのであろうか。

侵略の歴史事実をなかったことにはできません。また、68年の経年が過ぎたから、過去を忘れて、これからは未来志向を考えようといっても、複雑にこじれた感情は簡単にはなくならないと考えられます。韓国には日韓の過去の交渉経過から学んだ事実があります。「日韓の外交問題では日本人は主張もしないし反論もしない。韓国は日本には何をやっても大丈夫だ(道下徳成・政策研究大学院大・准教授)」と思っているのです。こと外交問題では、日本は韓国や中国の主張に、外交問題の本質を明らかにしないままに、相手の立場に理解を示したり、配慮をする必要は全くなかったのです。まず、日本の国益を厳守する立場を明確にし、その後で双方受け入れ可能な譲歩案を是々非々で議論するべきでした。

過去の日本外交は明らかに赤点の評価しか受けられません。日韓関係をこじれさせた原因は韓国民の「反日」だけが主原因と言えないものがあります。日韓関係をこれほどまでに拗れさせたのは無能な日本外交の責任です。外交官は国家試験に合格したから登用できるという簡単なものではありません。外国語ができても外交能力と問題解決の資質に欠ければ外交官の適性はないと考えます。外交問題を受け止める能力と解決できる資質がなければ適性があるとは言えません。外交官の登用は国の責任です。政府は外交官の資質を厳格に選別する義務があります。今の外交官は、能力と資質を適性評価のふるいにかけ外交官と事務官に区別するべきだと考えます。日本の外交べたは定評があります。もう勘弁していただきたいです。

日本は韓国から距離を置いて韓国を静観する必要があります。今後、日本が取るべき効果的な方法は経済、政治、国防の面で国力の格差が歴然となる日本の実現に邁進することです。日本が解決を望むと足元を見られて色々な要求が出てくる、これが韓国の常套手段でした。朝鮮民族(韓国)には強いと感じた相手を尊敬する習性があり、手ごわいと思った相手には慎重になる、と考えられるところから、冷静かつ毅然とした対応が求められます。

また、問題が絶えない日韓関係だからこそ「日本も国際社会に正論で訴えればいい。そうすれば日本の主張のほうが理にかなっているという声が出てくるだろう(前・道下准教授)」これは正論だと考えます。最近、国際社会の日韓関係を見る視線に変化が見られます。11月24日付、米ニューヨーク・タイムズ紙は、「当初(日韓)関係悪化の責任は危険な国粋主義者の安倍首相にある、という見方が米国人専門家の間に強かったものの、そうした見解に変化が生じている」と報じた。国際社会の変化を意識したのか、11月13日付、朝鮮日報は「米ワシントンの当局者、専門家の考えは『韓国が強硬すぎる』という方向に傾いている」と報じています。日本側(安倍首相)が冷静な対応を取り続けたことで国際社会の視線に変化が出たのでしょうか。

現代韓国は、朴正煕大統領の治世下で、ルサンチマン(フランス語「ressentimennt」=弱者の恨み)が染み込んだ韓国の属国史を隠して、輝きに満ちた新たな韓国史を捏造する教育を行ってきました。それからほぼ半世紀が経過し、今、韓国人は、韓民族が世界一優秀な民族であるという空中の楼閣を作り上げて、熱心に韓国起源説の文化を捏造しています。今、韓国では、諸外国の顰蹙を浴びていることにも気付かないほどに捏造教育の成果が韓国社会に浸透しています。しかし、韓国人の文化起源説の捏造は、韓国人の深層心理に隠されたルサンチマンを自ら証明していることなのです。

ルサンチマンはニーチェが用いた用語ですが、憎悪や怨恨、嫉妬や復讐心などの感情が反復して内攻し、鬱積している状態を表している語彙です。複雑なコンプレックスから逃れたいという強い思いが韓国人のルサンチマン感情を育み、多数の韓国人が客観的な価値観や自国の公平な評価能力さえも失っている危険水域にあります。韓国では親日派は国賊扱いです。日本統治の植民地時代に遡る「親日罪」を適用し、見せしめのために財産を根こそぎ奪い尽くす異常な国家です。

国民感情が法の上に居座り続けている韓国が、極端な反日政策を取り続けたことで、多くの日本人の嫌韓感情を引き起こしています。この隣国とどのような関係性を位置づけるべきでしょうか。韓国人のルサンチマン感情に合わせた関係修復を考えることはとても危険です。韓国人が異常なルサンチマンを自覚して喪失する気づきを与える方策を講じていくことが賢明な対韓外交であろうと考えられます。いま、日本外交は中韓関係の正念場にあります。安倍内閣の外交力に期待します