(19)真言宗

「真言宗」は弘法大師・空海を開祖とする密教の宗派です。
密教は顕教に対する言葉です。時間、空間を超越した絶対的な真理(悟り)、宇宙の構成要素そのものを本体とする宇宙の根源仏・大日如来の秘密の教えで、インド大乗仏教の到達点に花開いた仏教の最終形を示す秘教です。

顕教では歴史上実在した応身仏(釈迦如来)、または、修行を積んだ報いによって如来となった報身仏(阿弥陀如来、薬師如来など)を教主としますが、密教の教主は、宇宙の根源仏である法身の大日如来(華厳経の教主・毘盧遮那仏と同一の仏)です。

密教は、インド大乗仏教の最終段階に登場し、8世紀に完成した大乗仏教の到達点です。これを中期密教といい、大日経系(胎蔵界曼荼羅)と金剛頂系(金剛界曼荼羅)の法流の双方の正当な伝法者である中国・長安(西安)の青龍寺の恵果阿闍梨から伝法を受けた空海によって日本にもたらされた宗派が真言宗です。中国に真言宗という宗派はなく、真言宗は空海が命名した名称です。
真言宗の特徴は従来の仏教がそうであったように中国仏教の直輸入ではなく、これをベースにする空海の思索によって大乗仏教の教えが整理統合され、密教の事相(実践論)と教相(教理論)が再構築されたものでした。これにより、日本密教の骨格が明確になりました。

空海は『弁顕密二教論』を著し、悟りの世界は言葉では説明できず(果分不可説)、成仏には極めて長い時間を要する(三劫成仏)、と説く顕教を浅略趣の教え(病の原因・病理を説くだけで疾病を取り除く実効がない)である、といっています。密教は悟りの世界を真言によって現わすことができ(果分可説)、この身このままで成仏できる(即身成仏)秘密趣の教え(病状に合わせた薬を調合して服薬させ疾病を消除する)であるといいます。

また、教相判釈の『秘密曼荼羅十住心論』(十住心論)、『秘蔵宝鑰』では、人間の心の状態を十の発展段階に分類して、第十住心段階の秘密荘厳心が真言密教の究極の境地とし、第九住心に華厳宗、第八住心に天台宗、第七住心に三論宗、第六住心に法相宗、第五住心に縁覚乗、第四住心に声聞乗、第三住心に天乗、第二住心に人乗、第一住心に一向行悪を位置付けました。これを「九顕一密」といいます。

あらゆる宗教を包摂し統合する(九顕十密)悟りの世界は、大日如来を中心に諸仏・諸菩薩が調和して存在、その世界を可視的に図示したものが両部の曼荼羅である、といいます
密教では心に曼荼羅の諸尊を観念し、口にその真言を唱え、手に諸尊の印契を結ぶ三密瑜伽の修行をすることにより、本尊と一体になり(入我我入)即身成仏することを目指すのです。

9世紀後半からは真言教団にも停滞と保守的な様相が現われ始めました。台密、東密共に学匠の求道心や学究的な探究の精神が次第に忘れ去られていった時代を迎えました。
僧侶の関心が、天皇や皇族、貴族の世俗的な願望に応えるために、より効果的に密教の修法を執行することに集中するようになりました。もっぱら利己的な呪法が重要視され始めたのです。
その結果、皇族、貴族の援助のもとで、莫大な荘園が寄贈され、各地の寺院の経済的な基盤が整いました。こうして真言教団は、祖師の思想を更に発展させることができず停滞し堕落していったのです。

半世紀の沈滞期から脱して隆盛に向かう契機は、宇多上皇が仁和寺での出家得度をして伝法灌頂による阿闍梨位に就任したことにありました。上皇は「寛平法皇」として仁和寺に円堂院・御室を設け、政務を監督して、阿闍梨の修法に努めました。東密教団の復興は天皇・皇族の援助により成し遂げられたのです。

9世紀の半ばに、事相(実践論:密教儀礼など)の研鑽の中で聖宝の法系の「小野流」(随心院)と寛平(宇多天皇)法王の法系の「広沢流」の野沢二流が分立し、十二流、三十六流と多岐に分流しました。
この流れは各地の大寺院に継承されていますが、この分流は教相(教義)の違いからくる分裂ではありません。

12世紀に真言宗・中興の祖といわれる覚鑁が登場し、高野山の改革を目指しました。覚鑁は『密厳院発露懺悔文』を著して僧侶の行住坐臥の戒めとしています。
この文をみれば、当時、覚鑁が僧に「何が欠け」「何が必要」と考えたのかが一目瞭然です。僧侶の「あるべき姿」が具体的に述べられています。今日に於いても、いささかも色あせない指南書といえるのではないかと考えます。

覚鑁(興教大師)は真言宗中興の祖といわれ学識・見識の優れた高僧でした。
平安時代の後期になると念仏思想が朝廷や貴族、権門勢家に広く受け入れられて、臨終の間際に阿弥陀如来に救われて極楽浄土に往生することを念願する風潮が蔓延しました。
このような世相を背景に仏教界でも浄土思想は大きな影響を与えるようになりました。

覚鑁は、大日如来の真言密教に阿弥陀如来の浄土思想を包摂して密厳浄土思想を展開しました。大日如来を普門総徳の本仏とし、阿弥陀如来を別徳の仏とする両部曼荼羅の世界観によるものです。

実は、高野山にも比叡山と同様に、浄土思想の取り扱いで多少の紛糾がありました。称名念仏が全山に響き渡る勢いを示したのです。称名念仏をどの様に扱うかが大問題となったのです。主流を形成する反対勢力の圧力も日増しに強くなり摩擦が随所で発生することになります。

覚鑁は早い時期から才能を発揮し空海以来の秀才と見られました。13才で仁和寺に入り皇室出身の寛助僧正に師事して密教を学び、14才で興福寺で唯識・倶舎を学び、続いて東大寺で華厳・三論を学び、16才で仁和寺に戻り寛助僧正から得度を受けました。20才で念願の高野山の修行に入り、35才で真言密教の伝法の為の種々の灌頂を悉く伝授されています。

覚鑁は高野山の腐敗と衰退を嘆きその立て直しを固く決意ました。やがて、鳥羽上皇の信任を得て庇護を受けると勅許により高野山に伝法院と密厳院を創建しました。40才で高野山金剛峯寺の座主(管長)に任じられ、高野山の復興を目的とする改革に着手しました。

しかし、性急な改革は本寺方(主流派)の同意を得られませんでした。若くして鳥羽上皇の信任を得、高野山座主となって思いどおりに改革を断行しようとする覚鑁の姿勢が多くの本寺方の抵抗と反抗を生んでしまったのです。僧侶でも道理によらず嫉妬に狂う瞬間があります。座主に反抗する決意は生半可なものではありません。決死の覚悟があったものと考えられます。

1140年、覚鑁は命の危険にさらされて、改革の道半ばで本寺方の度重なる武力の実力行使を受けて下山のなむなきに至りました。この時、覚鑁に随身して下山した学徒・僧徒は700人余でした。

この頃、高野山でも、周囲の騒乱から自らの権益を守るために多数の僧兵を抱えていました。僧兵は、戦国期の動乱の中で武士の荘園の横領や武力による脅しに対抗する自衛手段として「行人」の僧兵化がすすめられたものです。行人は、学侶の研究や修法、法要の執行など雑役に従事する下級職として古くから存在しましたが、次第に経済面を支配して勢力を増大し、戦国期には軍事権を掌握して他領の略奪にまで手を伸ばす実力を持っていました。

僧兵は正式な修行をした僧侶ではありません。殺伐とした雰囲気を漂わしている不穏な存在です。何か事あれば過剰に反応し騒ぎ立てることで存在をアピールする不逞な輩同然な者が多数たむろしていたことは事実です。僧の煽動を受け、この時とばかりに騒ぎ立てる者が後を絶ちませんでした。騒動が治まらないのは自然の流れでした。

覚鑁は、紀州・根来山に退去して堂宇を建て僧の指導・育成に専念しましたが、本寺方の様々な弾圧が引き続き治まる気配のない悲運の中で、覚鑁は志半ばの47才で遷化しました。

その後、和議が成立して大伝法院は高野山に再興されましたが、金剛峯寺と大伝法院の新旧思想の反目が収まらず、1288年、大伝法院の学頭・頼瑜の手により大伝法院と密厳院を根来寺に移しました。古義真言宗と新義真言宗の分立の最初といわれる出来事です。

古義と新義の違いは、教相の仏身論において、古義は「本地身説」(自性説学派)をたて、新義は「加持身説」(加持説学派)をたてることです。

大日如来は宇宙の真理の法そのもので、本来的には姿・形はありません。しかし密教では法身にも色があり、形もあり、説法もあると見る特徴があります。大日如来の「その体は六大、その相は四曼、その用は三密」(後述参照)の自性法身と見るのです。両説の違いは、大日如来の説法をどのように見るかという問題です。

この問題の起こる直接的な原因は『大日経』の教主に対する善無為の解釈の相違からでした。善無為は一面では本地身とみ、一面では加持身と解するように見えることに起因するものです。
新義の説の代表者は根来山の頼瑜(1307-1392)、古義の説の代表者は高野山の宥快(1345-1416)と見られています。

なお、新義には密教と念仏を融合して真言念仏(秘密念仏思想)の基礎を作るという新機軸が継承されています。
根来寺は、1585年、豊臣秀吉の軍勢の攻撃を受け壊滅状態になりました。根来寺には、戦国時代の鉄砲集団「雑賀衆」が所属していました。雑賀衆は鉄砲を製造・販売するばかりでなく、その鉄砲技能と卓越した戦闘力で各地の合戦に傭兵として参加し、大阪・本願寺の攻防で多大な実績を示したこと、また、信長を狙撃したことで織田・豊臣政権の標的になったのです。雑賀衆の棟梁は雑賀孫一です。
根来寺は、豊臣政権が崩壊した後、徳川家康に復興を許され、その助力を得て復興を果たしました。この根来寺の系流から新義真言宗の豊山派と智山派がでてきています。

ここで、力不足ですが「弘法大師空海の思想の特色」について、その若干の概要を紹介します。

空海は、密教を説明するために、『弁顕密二経論』と『秘蔵宝鑰』を著わし、真言密教の教相判釈の十住心論によって、顕教と密教には教えの浅深があることを論述しています。この二書は、天皇の詔勅によって真言宗の宗論として提出されたものですが、その趣旨は「一切衆生の迷妄を驚愕し、実の如く自身の本仏を開見させる」ことにあったと考えられています。

空海の密教は、「即身成仏」を説く宗教といわれています。その思想的な体系は、三部書といわれる『即身成仏義』『声字実相義』『吽字義』によって教理的な基盤が構築されています。真言密教は、中国で完成されたものではなく、空海の「智」と「実践」の深い思索によって再構築して完成された独自性のある空海密教の思想体系を示すものです。

空海の「智」と「実践」については、次のように考えられます。「智」は空海が「両部の大経」の深い思索と、『菩提心論』、『大乗起信論』及びその注釈書の『釈摩訶衍論』からヒントを受けて、密教の教理を統一的に再構築して真言密教の体系化を図ったことにあります。中国密教は統一的な密教観ではありませんでした。インドから中国に別々に胎蔵界と金剛界が伝わったことから、それぞれ別個の流れを形成して伝授され、統一的な密教観が完成していませんでした。空海の密教(真言密教)の特色は、空海の叡智が随所に生かされ、大乗仏教の精神を見事に包摂していることにありますが、れを金胎不二(両部不二)といっています。

また、「実践」については、『秘蔵宝鑰』が「菩薩の用心は、みな慈悲を持って本(もとい)とし、利他をもって先とす。よくこの心に住して浅執(せんしゅう)を破し深教に入るるは利益もっとも広し」と的確な表現を述べています。この主意は、菩薩は慈悲を根本にして他者の幸せ(利益)を優先すること、自分の浅い囚われの心を破り深い教えに入るならば最も広い幸せが得られる、という精神です。空海は、悟りとは衆生救済の実践である、と考えているのです。

真言密教は、菩提心(悟りの智慧)を本として、慈悲を土台にし、智慧の実現(利他の実践)を目的とする実践の原理を示しています。仏智とは、衆生救済の実践である、この衆生救済の実践こそが空海の一貫した真言密教の理念なのです。

真言密教の特質は、①説主(大日如来)、②教説(法身説法)、③実践の可能性(菩提心・三昧耶)、④実践の超時空性(三密瑜伽)、⑤利益、に示されています。「菩提心」、「三昧耶」、「三密瑜伽」は、真言密教の根本思想を示す特徴的な概念です。その眼目というべき菩提心は梵字のbodhi-cittaの音写で「阿耨多羅三藐三菩提」という最上の仏の悟りを求める心をいいます。三昧耶は梵字のsamayaの音写で仏と衆生が本来的に平等であることをいいます。これは、一切衆生を救い尽くす仏の本誓を意味する言葉と考えられるものです。

「三密瑜伽」は、密教の教えの持つ包括性と寛容な価値観を持つ概念です。空海の教理の中核は「六大・四曼・三密」に要約されますが、空海は即身成仏の論を『即身成仏義』と二経一論八個の証文(『金剛頂経』四文、『大日経』二文、『菩提心論』二文)を引くことによって説明し、「二頌八句の偈」によって「即身」と「成仏」の内容を説明しています。

「六大無碍にして常に瑜伽なり、四種曼荼各々離れず、三密加持して速疾に顕る、重重帝網なるを即身と名づく。法然に薩般若を具足して、心数心王刹塵に過ぎたり、各々五智無際智を具す、円鏡力の故に実覚智なり。」この短い二頌八句の偈頌が語る「六大無碍」(体)、「四曼荼羅」(相)、「三密加持」(用)は真言密教の教理の中核を示唆するものと考えられています。

「六大無碍にして常に瑜伽なり」は、即身の本体(体性、存在性)を示すものです。「四種曼荼各々離れず」は、即身の存在相を表すものです。「三密加持して速疾に顕る」は、即身のはたらき(用)を示し、「重重帝網なるを即身と名づく」は、即身の本源的なあり方(無碍)を示すものです。「法然に薩般若を具足して」は、一切衆生の本体(法仏)に具わっている成仏の可能性を示し、「心数(心王に伴って従属的に働く心作用)心王(心の働きの基本となる識)刹塵に過ぎたり」は、無数の智の存在者を表します。「各々五智無際智を具す」は、すべての仏が完全なる知恵を完備していることを表わしています。また、「円鏡力の故に実覚智なり」は、成仏の理由を示すものであると考えられています。要約的には、即身すなわち存在者の本源的なあり方とは、一つの全体的秩序(曼荼羅の世界)の中で互いに関係しあって不離(「即」)の関係性をもって存在していることを明かすものであろうと考えられます。

インドに発生した仏教では、宇宙の本体は宇宙を構成する5つの要素であると考えました。この思想では、宇宙は色(地・水・火・風・空=物質)と心(識=精神)が渾然一体となった実相(瑜伽)であると考えるのです。この6つの構成要素(六大)は、さえぎるものがなく(無碍)、永遠に融け合って結びつき、万物を構成する本質的な要素であると考えられるものです。

宇宙も大日如来も私たち人間もこの六大が深く密接に結びついたもの(瑜伽)であり、瑜伽の中であらゆる生命体が生かされ、それが集まって世界が構成されているという考え方です。空海は、大日如如来の慈悲と智慧がこの世界を包み込んでいると考え、六大の活動的な事実を持って宇宙の実在、万物の実在と考えたのです。

宇宙を構成する六大は、眼で見ることができなくとも実在するものです。四種の曼荼羅は、宇宙の相をその働きによって可視化したものであり、六大を捉える手段としての役割を持つものです。四種曼荼羅曼の①「大曼荼羅(形の相)」とは、宇宙が大日如来の形となって現われる全体を表すもので、一つ一つの仏菩薩の姿・形を具えた身体をいいます。②「三昧耶曼荼羅(姿・形の奥にある意味や働きの相)」とは、さまざまな諸尊が所持している法具(刀剣・輪宝・金剛杵・蓮華など)を目印とするもので、仏の持ち物によって仏の本誓を象徴的に表わすものです。③「法曼荼羅(音声の相)」とは、仏菩薩など智慧を秘密のことばである真言で象徴し、梵字(これを「種字」といい「種字曼荼羅」とも云う)で表わしたもので仏の智慧の印です。④「羯磨曼荼羅(宇宙の活動の相)」とは、さまざまな仏の活動を立体的に表現するものです。また、供養や威儀を表す場合には「立体マンダラ」ともいいます。立体マンダラには、瞑想で虚空に観想したもの(自性マンダラ)や実際に人の目に見えるように木・粘土・金属で表現したもの(羯磨マンダラ)があります。

宇宙は絶え間なく変化する働きに満ちています。人はこの四曼を心に念じることにより宇宙を観想し捉えることが可能になります。空海はこの変化を捉える手段として「三密」を主張したのです。三密とは、①「身密」(印を結ぶこと=手の形によって宇宙の活動を表す)、②「口密(真言を唱えること=言葉の持つ力を表す)、③「意密(瞑想すること=宇宙の調和と秩序を図る為の働き)」をいいます。宇宙の絶え間なく変化する働きや現象を三密という行為によって把握したのです。人は、真言を唱えることで宇宙のエネルギーを発し、大日如来と一体となって不思議な力を身につけることができる、と空海は考えたのです。

仏と私たちの身体、言葉、心の働きが不思議な働きによって感応するとき、速やかに悟りの世界という質的な変化が現れると考えられます。あたかも帝釈天が持つ天網のように幾重にも重なり合いながら、映じ合うことを名づけて即身といいます。あらゆるものは、あるがままに、計り知れない多くの仏の姿をしていて、一切の智慧を備えています。すべての人々には、各々に「心の作用」や「心の主体」が備わって数限りなく存在しています。心の作用、心の主体のそれぞれに五智如来(「金剛界の五仏=①大日如来・②阿閦如来・③宝生如来・④阿弥陀如来・⑤不空成就(釈迦如来)」)の智慧と際限のない智慧(五智=無際智=大日如来の智)が備わり何一つ欠けるものが無いと考えるのです。これらの智慧を持って、すべてを映し出す鏡のように照らすとき、真理に目覚めた智者となると捉え、そのポイントは三密加持(三密瑜伽)であると空海は考えたのです。

716年、中インドから入唐した善無畏が、『大日経』(『大毘盧遮那成仏神変加持経』の釈論を中国・洛陽に於いて著しました。また、720年には、インドから渡来した金剛智が『金剛頂経』を長安にもたらしました。この二大経典は、真言密教が「両部の大経」とする根本経典ですが、ここから空海は独自性のある思索によって真言密教の即身成仏の理論体系を整えました。この両教は、インドから別々の密教の流れとして中国にもたらされたものですが、西安の青龍寺の恵果和尚から空海が伝法の灌頂を受けて統一的な密教観を構築したのです。

真言密教の修行の中核は『大日経』の三句の法門(菩提心を因とし、大悲を根とし、方便を究竟とす)にあるとされます。「入真言門住心品第一」には、金剛薩埵の「仏の智慧とは何か」という問いに対し、大日如来が「菩提心為因、大悲為根、方便為究竟」と答えた内容です。 
菩提心とは「白淨信心(白く清らかで信じて疑わない心)」といい、仏性・如来蔵とい言います。大悲とは、一切の苦を抜く無量の楽を施す「抜苦与楽」です。方便は他を利益する働きをいい、具体的には六波羅蜜(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧)や四摂法(布施・愛語・利行・同事)などを指すものです。この三句の法門を理解する前提となるものが密教の一つの核心ともいえる「如実知自心」(実の如く自身を知る)です。

如実知自心は「ありのままに悉く自らの心を知ること」をいいますが、これを正しく知ることが密教の修行目的です。密教の修行は「三密加持」によって示され、阿耨多羅三藐三菩提(この上ない正しい完全な悟り、無上正等覚ともいう)を目指すものです。三句の法門を端的に表現すれば、第一に「悟りを求める心(発心の句)」を出発点として、第二に、そのためには「優しい思いやりの心を養うこと(修行の句)」を根本にし、第三に、最終的には工夫をして「世のため、人のために尽くす(証果の句)」ことが求められるのです。

「方便」とは釈迦が示した実際的な救済方法の中核となる概念です。釈迦は、救いを求めてくる人の理解力や苦悩の現実性に即した救済をこころがけましたが、救済には存在するものの本質を見抜く知恵を持ち、ものごとの特性を見分けて対応する方便が必要と考えたといわれています。

「三密加持」とは、手に仏の本誓を示す印契を結び、口に仏の教えである真言を唱え、心を静め清めて仏の悟りの境地に入るように努めることをいいます。「三密」とは身密、口密、意密ですが、身体と言葉と心の三種の働きをいいます。密教の大日如来には色も形も活動もあり、あらゆる場所で、あらゆるときに説法し続けていると考えます。これが密教と顕教との違いです。大日如来の説法は、無目的で効果を期待する説法ではないとされています。故に、この説法を把握して自らの宗教体験に生かす法の受け取り手(金剛薩埵)が必要です。次にその体験を伝えて現実社会の中に具体的に示して人々に役立てうる付法の阿闍梨の出現が必要です。「加持」とは、加は仏の大悲の力、持は衆生の信心の力をいいます。「衆生の信心の力」と「仏の大悲の力」とが結合して法界(大宇宙)に働きかける力となり祈りが成就すると考えられたのです。

顕教には加持という考え方はありません。思うままの結果が得られる精神の集中は簡単ではありません。そこで、「数息観」で姿勢と呼吸を整え、「月輪観」「阿字観」などの意識をコントロールする瞑想法や「五相成身観」など大日如来と入我我入(双方向の一体化)する瞑想の訓練をする必要があるのです。

釈迦仏教では、凡夫の意識や行為・経験は「身・口・意の三業」と考えられました。しかし、密教では、その本性から見れば、凡夫の三業も仏の三密と異なるものではないと考えます。そこで、法身仏(大日如来)の三密と加持感応すれば凡夫の三業が浄化されて、三業がそのまま三密となり、仏と我とが入我我入して即身成仏すると考えたのです。これを「三密加持の妙行」といいます。

密教経典の特徴は、顕教のような「教え」だけでなく、「成仏に至る修行方法」が具体的に語られていることにあります。 弘法大師空海の真言身教の教理論は『大日経』と『金剛頂経』に立脚するものですが、空海は、真言密教を理解するために学ぶべき論書として、『菩提心論』と『大乗起信論』の注釈『釈摩訶衍論』を挙げています。

大乗経典の『華厳経』に説かれる菩薩道の修行体系は、波羅蜜行を実践の根幹にするものですが、空海は三密加持の「真言門による菩薩行」を説き、三摩地の菩提心を説いています。その理論的な基盤は両部の大経にあります。

7世紀以降、インドでは、菩提と心に関する理論と実践法が菩提心の観念に集約されていきましたが、『大日経』の「住心品」にその影響が顕著に表れています。空海の「十住心思想」は『大日経』と『金剛頂経』からだけでは理論体系が形成されえず、住心の諸相の描出に淵源を置きながら、『菩提心論』と『大乗起信論』及びその注釈『釈摩訶衍論』などからヒントを受けて総合的に体系化したものと考えられています。

法身説法の神変加持の理論的な原理は「極無自性」であり、『菩提心論』でいう「陳旨の無自性」です。空海の解釈では「不守自性真如隨縁」の慈悲の顕現の理論にありますが、「三摩地の菩提心」あるいは「秘密荘厳の心」は、「成仏神変加持」の理論によるものと考えられます。

この「成仏神変加持」とは、『華厳経』「如来性起品」にみられるものですが、如来の威神力を被って普賢菩薩が語る如来出現の秘密を、毘慮遮那如来のもとで秘密主金剛主が聞いた如来性起の密教的実践法の秘密を説くものです。空海は、密教は大乗仏教の哲学的論理性を受け継ぎ、その到達点を示す頂点にある、と考えています。

1600年には奈良・長谷寺には豊山派(開祖:専誉)が、1605年には京都・智積院には智山派(開祖:玄宥)が相次いで結成され次第に隆盛に向かいました。

新義真言宗は智山派(京都・智積院)、豊山派(奈良・長谷寺)、新義派(和歌山・根来寺)の三派で、他は古義派です。
智山派の大本山には成田山新勝寺、川崎大師、高尾・薬王院があります。豊山派の大本山には護国寺があります。

古義派の本山は、高野山・金剛峯寺、京都・東寺、京都・醍醐寺、京都・仁和寺、京都・大覚寺、京都・勧修寺、京都・泉涌寺(天皇家の菩提寺)、香川・善通寺、奈良・西大寺(真言律宗)などの分派があります。

昭和18年に18本山による真言宗各派総大本山会(真言宗各山会)が設立され、意思の疎通と親睦が図られています。
真言宗各山会は輪番制で旧朝廷の儀礼「御修法(後七日御修法)」の執行をするなどの事業を協同で運営し結束しています。