序章1:大乗仏教の精神を変質させた祖師仏教

鎌倉時代に出現した鎌倉新仏教と呼ばれる祖師仏教「浄土系(法然、親鸞、一遍、良忍)と日蓮系」が、天台宗の中で発生した末法思想を蔓延させたことで、民衆に世の終末思想までも連想させる誤解を生みました。打ち続く内憂外患の政情不安と飢饉や疫病の蔓延に驚愕した祖師たちが、非仏説としかいいようのない妄想を抱え込みました。末法思想に幻惑された祖師たちが、人々に成仏の可能性を語り、胸中に芽生えた妄想を広めたことで、日本の大乗仏教の思想に消せない汚点を残す仏教観の変質が発生しました。

祖師達が熱心に布教した末法思想は、妄想から生まれた恐怖の連鎖を拡散するものでした。祖師たちの布教行為には、民衆に恐怖心を植え付け、この世の終わりを連想させる操作を意図的に行うプロパガンダの横行が認められ、非難に値する布教行為であったと考えられます。恐怖におびえた民衆は救いを求めて祖師の慈悲にすがる心理的な誘導を受けるしかない哀しい厭世観に覆われてしまったものと考えられます。大乗仏教の普遍的な思想が正しく根付いていなかった時代のことでした。末法思想に囚われてしまった人々は、祖師たちが語る救済の信仰を受け入れるしか方法がなかったのでしょうか。鎌倉新仏教(祖師仏教)の布教の在り方は、恐怖と救済を両輪とする新たな庶民獲得の布教活動であったと考えられます。 日本仏教史の中で、最も猛威を振るった風評被害は「末法思想」であったと考えられるのです。

末法思想は、仏教の盛衰を三時に分けて予言する思想でした。釈迦滅後の正法千年(仏法が正しくいきわたる時期)、像法千年(信仰が形骸化する時期)、末法万年になると仏法が廃れて人々は絶対的に救われず滅びる、という内容です。法華経の流布を狙った妄説と考えらえていますが、中国・隋の天台宗に芽吹いて流布され、天台教学を移植した最澄が(著したとされている)『末法燈明記』に、末法の初年を永承7年(1052)と書いたことから、比叡山の風評に乗った朝廷や貴族層を怯えさせ、次第に世間に伝播されて広まり、急激に猛威を振るい始めました。この時代は貴族の持つ既得権益が台頭した武士層に次々に簒奪されていく不安定な混乱の真っただ中に在りました。次々に勃発する戦乱や疫病の流布が人々に厭世観を植え付け、末法思想は終末思想と共鳴していきました。人々は恐怖におののき、悲歎にくれた人々がこの世の終わりの連鎖に陥り、人々は生きる望みを喪失し、神・仏に救われたいと強く望む混乱の社会背景があったのです。

天皇・貴族の律令体制を崩壊させた武士が勃興し、武力によって貴族層の荘園を簒奪していく激しい下剋上の世相と世の移り変わりを見ただけでなく、政権の奪い合い(内乱)や蒙古襲来(外患)に驚いた人々は、末法の乱世を憂い、嘆きの声を上げて救われたいと必死にこい願い、念仏(南無阿弥陀仏)や題目(南無妙法蓮華経)にすがりました。祖師たちが声高に説き始めた末法思想を信じたのです。これが新興の鎌倉新仏教(祖師仏教=庶民仏教)の実態であったと考えらえます。ちなみに、道元は末法思想を否定して関心を示しませんでしたが、一般的に、禅宗には末法思想の影響が根付くことがありませんでした。 鎌倉新仏教(祖師仏教)の特徴は、平安末期の諸宗兼修を推奨した比叡山の中で芽吹いた末法思想と対峙せざるを得なかった祖師が、悩みぬいた果てに掴むことができた一つの宗教的な錯誤(その理解の仕方)から生まれたものと考えられます。

祖師達の布教は、悩める人々に大胆、かつ単純に、信仰の在り方を「信」の一字に特化して智慧に置き換えるという分り易い内容でした。これだけで末法の世から救われ誰もが仏に導かれて成仏できるという、単純な信仰のあり方に、人々は救いを見出したと考えられます。 修行によって智慧(悟り)を得るのではなく、信心があれば、仏に救われるはずだ、という発想の転換をしたのです。この説は、原始(釈迦)仏教や大乗仏教、テラワーダ仏教の思想とは全く相いれない異質の思想を持つ非仏説でした。個人的な真理の理解の仕方や感性によって、どうとでもいい変えられる主観的な観念でしかない「信」を基準にする欠陥を抱え込み、仏教の精神を根本から否定することになる宗教的な情緒に囚われて芽吹いた悲しい非仏説でした。

仏教における「信」とは、①三宝に対する帰依、②仏語を信頼すること、を意味する語であり、修行の前提となる受け入れ態勢を意味することばです。信は修行そのものではなく、「心を開いて法に聴き入り(忍許)」それによって「心を清浄(心澄浄)」にし、「悟りに向けて意欲を起こす」という三つの段階に入る前の前提条件をいいます。出家修行者には信と行が要求され、信を前提にして行に進み解脱、悟り、涅槃を目的としますが、在家の信者は信のみで行はなく、解脱、涅槃は望むべくもない、ゆえに、三宝に布施をして戒を保つことによって、死後に生天の果報が得られるという教えが原始(釈迦)仏教の基本的な考え方でした。この考え方は、僧と庶民の宗教行為の役割の違いを認めるものですが、(また、宗教上の女性差別を含む側面がありますが・・)東南アジアの仏教徒に支持され、南伝のテラワーダ仏教に伝統的に受け継がれている思想です。

仏教には、インド仏教以来の伝統があります。戒・定・慧の三学を兼修して総合的に学ぶことです。鎌倉新仏教(祖師仏教)のように、宗祖が選び取った一つの行を専修する方法は大乗仏教のあり方ではありません。宗祖が選んだ易行を専修する「撰択の仏教」には、釈迦の精神を継承する正当性や正統性が欠落しています。大乗仏教の精神を継承する適格性があるとは考えられません。「宗祖が選び取った教え」を仏教の全てと考えることは、釈迦仏教を否定し、大乗仏教の精神を否定することになるのです。これを布教する行為は、妄想を語るプロパガンダでしかないと考えられます。

戦後、中学・高校の一部の歴史教科書に、鎌倉新仏教の台頭を賞賛して日本のルネッサンスと見立てる無知な執筆者がでてきました。この評価にみられる誤謬性の最たるものは、南都六宗や天台宗・真言宗を中世の貴族仏教として退け、鎌倉期に出現した祖師仏教が庶民を救済する新仏教であるかのごとき執筆の仕方にみられます。この傾向性は、大乗仏教の思想性と普遍性の基礎知識が決定的に欠落している証ともいえるものだと考えられます。教科書を執筆する資格はありません。教科書に求められる客観的な視点が欠落したことで、生徒に事実誤認を刷り込むことになる典型的に愚かな行為であると考えられるのです。文化・思想としての仏教の評価は、第一義的には大乗思想がもつ普遍的な教理と実践を思想としてどのように評価すべきかという視点にあると考えられます。祖師の信条や情緒いわんや思い込みなどを文学的に評価するものであってはならないと考えられます。教科書の影響力は大きすぎることから、問題の本質を見る目がないままに他人の説を受け入れて教科書に執筆するという無責任な過失は償えるものではないと考えられます。学校の教員が授業で教えた知識は長く生徒の頭脳に記録され、人の判断力を損なわせる危険性があるのです。教科書の記述を信じたことで、長い間、正しい知識と信じ込まされてきた責任は誰にあるのでしょうか。宗教観の無知は、普遍性が欠落した思想を主張する新興宗教が勃興する土壌を作る危険性があるのです。

釈迦仏教の精神を受け継ぐ大乗仏教の基本理念は、自ら菩提心(悟りを求める心)を育み、悟り(智慧の完成)に至る自心の探究のプロセスに重要な意義を認めるものです。その特徴は(選択的な思想を主張する傾向性を持つ経典もあるが)、思想の総合性と普遍性を意識しようとする努力が見られるところにあります。『大日経』には、そのためには「如実知自心」(実の如く自心を知る)が必要と説かれています。大乗の諸経典に説かれる修行の核心は菩提心と菩薩行にありますが、これは大乗思想の基本形が菩提心を出発点として如実知自心の在り方を見つめ直し、人々や社会との密接な関わりの在るべき姿を模索しながら悟りに至る構造を示していると考えられます。この意味では、仏道修行は智慧と実践を惜しみなく探究しなければならない道を示しているのです。ゆえに、大乗仏教の論書である『菩提心論』と『釈摩訶衍論』(『大乗起信論』の注釈書)がこれを詳細に論述しています。修禅の思索のプロセスがない信は智慧を生みません。盲信の信を智慧に変えることはできないのです。先天的に優れた素質と能力を持つ人は別ですが、一般的な人は、良き師について信を学び、悟りに至るプロセスに導かれなければ信は智慧に替わることがないと考えられます。

普遍性を持たない独善的な教義(ドグマ)に導かれても智慧が完成(悟り)することはありません。信とは修行と研鑽の中で、普遍的な悟りの世界の「仏の智慧」をあるがままに受け入れる境地に自ら至ること、または良師に導かれてこそ知見できる認識(真理を理解する智慧)であると考えられます。鎌倉新仏教(祖師仏教)には、大乗仏教の総合性と普遍性が欠落した祖師の特徴的な選択的仏教観?に特徴があり、祖師が選択した思想のみが正しい仏教であるとする偏狭性が突出している特徴が濃厚に見られます。祖師の選択的な宗教観や価値観と異なる思想を攻撃し、心理的な強制レトリックを多用して信者の信仰姿勢をコントロールしている危険性が濃厚に見られます。結果論からいえば、祖師に同意して憑依された信者は、宗教の自由な選択権を奪われ、祖師の選択的宗教観を撰び取らされることになるのです。

伝統的な大乗仏教の系譜は、その成立期の当初(紀元前1世紀~紀元前後頃)から、正統仏教を自認するプライドの高い南伝のテラワーダ仏教から「大乗非仏説」(釈迦の「正統な系譜」ではないという説)という非難を受け続けています。この中で、鎌倉祖師仏教の系譜を受け継ぐ新興仏教は、さらに、日本独特の宗教的情緒を大量に刷り込み、釈迦仏教の精神を自在に変質させてきました。

テラワーダ仏教とは、パーリ語の仏典が伝承されている南伝仏教の上座部仏教のことです。別名では、サンスクリット仏典が伝承されている北伝仏教(大乗仏教)と区別して、小乗仏教と貶める使い方をすることがありましたが、この呼称は意図的な差別用語ではないかと考えられる問題点を含むことから、仏教学者はこの用語を使用しません。

大乗仏教とテラワーダ仏教(上座部仏教)との違いは、諸仏、諸菩薩の考え方に端的に表れています。テラワーダ仏教には諸仏も諸菩薩も存在しません。菩薩道(利他行の実践)という概念もありません。仏道修行の最終形は阿羅漢となることに置かれ、信仰の対象は生身の釈迦または滅後の仏舎利塔のみです。釈迦と同等の成仏を望むことは無理だからせめて阿羅漢となって悟りを得ようとする特徴を持っています。これに対し、大乗仏教の諸経典には諸仏・諸菩薩が出現して悟りを語り、「菩提心」と「菩薩行」の実践の重要性を説くという特徴があります。大乗の菩薩には、①大乗経典の編纂にかかわった釈迦滅後のブッダたちの活躍や②釈迦滅後に、釈迦の悟りの追体験を試みて禅定(瞑想)を重ねたブッダたちの修行の姿を投影しているのではないかとも考えられます。

上座部仏教の伝統的な仏教観を基準にすれば、鎌倉祖師仏教は大乗仏教といえるものではなく、仏教でさえないという評価を受けることになります。日本は大乗仏教だから、小乗仏教に批判されるいわれはない、という錯誤にまみれた反論は相手にもされません。祖師仏教(鎌倉新仏教)が、釈迦仏教の正統性を自認するテラワーダ仏教から大乗仏教と認知されることはありえないのです。祖師仏教は、大乗仏教の精神にもなじまない異質な教理を抱え込み過ぎた欠陥が多すぎることから、より一層に釈迦仏教とは隔絶した存在でしかないのです。

南伝仏教(上座部仏教)は、釈迦滅後の数百年の間に20グループに分かれて仏典の研鑽を行い「論書」(アビダルマ)を作ったことから「部派仏教」ともいわれます。その中の有力な「説一切有部」が部派仏教の集大成として編集した論書が『大毘婆沙論』です。また、これに対抗する軽量部の立場から、説一切有部の『大毘婆沙論』の教理を批判した論書が、世親(ヴァスバンドウ・4~5世紀頃の北西インド出身の僧)が著した『阿毘達磨倶舎論』(『倶舎論』)です。アビダルマとは、ブッダの教えに対してこれを研究すること(法の研究)を意味するものですが、アビダルマ学説の代表とされているのがこの『倶舎論』という綱要書です。法に対する考え方(釈論)がこの中に全て納められているという意味で倶舎という容れ物を名付けたとされています。迷いと悟りについて詳細に論じた仏教の基本書と評価されたことから、唯識学派の学説は「大乗のアビダルマ」と称しています。『倶舎論』は、「仏教とは何か」という問いに回答を書く場合にその基準とする都合の良さが評価されていますが、今日でも伝統的な大乗仏教の系譜にある学僧(僧侶資格を持つ仏教研究の学者)によって研究されています。

『倶舎論』は、南都六宗(奈良仏教)で研鑽され、平安仏教(天台宗と真言宗)に影響を与えています。大乗仏教は、「説一切有部」の教理を批判することで、大乗仏教の優位性を主張しましたが、世親の論書を批判する勢力は育ちませんでした。後日譚になりますが、世親は兄の無着の勧めによって大乗仏教に転身して多くの大乗の論書を著作しました。その中でも唯識論の基本書となる『唯識三十頌』が大乗仏教に多大な影響を与え続けてきたと考えられます。

この論書は『解深密教』から『摂大乗論』までの多くの論書よって明かされた唯識説に欠けていた「変異」と「心所」を補足して唯識説の大綱を30頌にまとめて完成させた論書です。これを玄奘三蔵が訳した『成唯識論』によって中国に法相宗が成立し、世親が法相宗の祖師とされました。唯識三年、倶舎八年(倶舎論を8年間学び、その後に唯識を3年間学ばなければ理解できない)これが倶舎と唯識を理解する研究期間の長さの比喩ですが、頭がクシャクシャになるという比喩で使われたのです。

法相唯識に自らの価値を求めた玄奘三蔵は、密教には冷淡であったと考えられていますが、玄奘には密教経典の訳出があります。『十一面神呪心経』や『不空羂索神呪心経』という原初的な陀羅尼経典の訳出ですが、これらは変化観音に関する経典であり、攘災福徳を願う祈りに関する経典であることから、もはや新興の密教を無視できない時代にあったのであろうと考えられます。なぜなら、唐王朝の高宗と后の則天武后の頃には、阿地翟多、智通、那提、仏陀波利、迦梵達磨、菩提流志などのインド僧が入唐して多数の陀羅尼経典(神呪経典)を請来して翻訳しているからです。

大乗仏教の基本的な論理性は、般若経典群の「空の思想」(空の理論=中観論)にあります。これを262文字で見事に表現した経典が『般若心経』です。般若心経は「般若波羅蜜多」(仏の智慧)と「空」(色即是空、空即是色)の両側面から空観を説いていますが、禅宗系は「空」の側面にこだわり空に終始する傾向性が見られ(空病という批判がある)、密教系には「般若波羅蜜多」という「仏の智慧」の側面から「空」を理解するという傾向性がある、という違いが考えられます。般若心経には、仏教のすべての教えが凝縮されて含まれていることから顕教と密教の双方から高い支持を受けている経典です。この経典を理解し身読すれば、仏教の本質が理解できるとする高い評価があります。また、般若心経は世界の仏教圏で多数の僧俗に日常的に読まれ続けている代表的な大乗経典ですが、大乗仏教の普遍性をわずか262文字で教説する典型的な特徴をもっているところから、日蓮系と浄土系では意図的に避けて採用しなかったのではないかとも考えられます。

空観とは、この世界のすべての物事は縁起という関係性で現象するものであり、その実体は空であり無常であるという考え方です。龍樹(2~3世紀頃の南インドバラモン出身の僧・中観派の祖)は、この空観が大乗仏教の基本的な立場であると考え、釈迦が説いた縁起の真意であると考える哲学的な理論を体系化しました。

一切の存在は縁起によって起こる。如何なる存在であろうと不滅ではありえない(無自性)。存在が本質的に無自性であれば一切の存在は空である。空の立場は、執着や対立を越えたもので、言語による表現や概念規定で捉えることができない究極的、絶対的な立場(第一義諦)である。しかし、空や縁起という言語によって真理の表現や手段を取らなければ悟りにいたることができないわけだから、それは真理の仮の表現であり、相対的な真理(世俗諦)である。存在は縁起によって生じるがその本質は空であり、仮のものであるから有でも無でもない。これを中道といい、また空・仮・中の三諦円融ともいいます。これが中観(中論)の概要です。

龍樹の空理論の特徴は縁起不生にあります。すべての存在は縁起によるものであり、縁起するものは常に生滅変化しているので実体はない。不生不滅とは、実在論を否定する概念であり、縁起しているものは自性として生じたり滅したりするものは何一つなく、そのような事物の在り方が真実である、と考えるのです。縁起を不生と捉えたところに輪廻転生(十二縁起)からの解脱の鍵があります。縁起不生であれば輪廻もまた不生なのです。ちなみに、密教僧の戒名にはこの不生が反映されて「○○○○・・・・△△不生位」という形式がとられています。

唯識論は、中観論の成立から200年後頃にでてきた大乗仏教のもう一つの基本的な思想です。中観論を意識しながら、空の思想を補足する意図をもって現れた思想と考えられます。中観論は「縁起」に重点をおき、「私たちが実在と思っているのは実在ではなく、因縁によって仮合したものに過ぎない。それを言葉で実在として捉えて表現しているところに顛倒妄想がでてくるのだ」とみます。

唯識説は、この空の思想を補完して、その現象は人が認識しているだけであり、心の外には事物的な存在はあり得ないと考えました。 唯識は、(縁起を認識する)「識」に重点を置きますが、その心も仮に存在するもので、心的な作用も無常であり空であるとみる思想です。これには、先に仮構された存在形態(遍計所執相)が認識されるが、それは「識」が他に依存する形態(依他起相)の表象に過ぎず、それを言葉が実在のごとく誤解して表現するところに顛倒妄想が生じるのだ、とみる違いがあります。唯識では、認識は個性や価値観の異なる個人の知識や経験と心によって異なる世界観を生むと考えるのです。

唯識では、前五識(眼、耳、鼻、舌、身の感覚器官)と第六識(意識)という人間がもつ意識の奥に深層の心理である「末那識」と「阿頼耶識」の働きを考えました。第七識に迷いの根元となる「末那識」(思慮識=自己中心的な煩悩の汚染の根元となるもの=自己を破滅に導く誤った認識)の働きを考え、第八識に「阿頼耶識」(根本識=経験などを潜在的に保有する蔵識=一切諸法の拠り所となるが、異熟識ともなりうるもの)という潜在的に蓄えられた種子に思考や外界の認識が薫習(記録)されると考えたのです。この阿頼耶識の中に蓄えられた種子が相互に作用し合い新たな種子を生む阿頼耶識縁起のサイクルが起こることになります。唯識は、迷える自身の心を深く究明することによって、一切諸法は心より顕現されたものであり、心の外には何も存在しないことを覚知することによって、生死の苦からで脱出できると考える思想です。

心理的な意識の構造を比べれば、中観には前五識と第六識までの言及しかなく、唯識には第七識や第八識(法相宗の立場)までの言及があり無意識の世界の深層心理の研究の深化が見られます。法相宗は、阿頼耶識が無垢になった状態を仏性(第九識と同じもの)とみるので第九識を別に立てませんが、真諦を祖とする中国の「摂論宗」が第九識「阿摩羅識」(無垢識・真如識・真識)を説きました。すべての現象は第九識(華厳宗・天台宗に継承された)から生じて隨縁生起すると捉えたのです。九識説の立場からは、第八識は「妄識・真妄和合識」と名付けています。

また、『釈摩訶衍論』が第十識説を説き密教に影響を与えましたが、密教では『大日経』が無量の心識を説き、識は諸仏と諸仏の智慧に配当しています。例えば、九識説によって転々得智を説く場合には、仏位に到達した悟りの立場から、阿摩羅識を「法界体性智」に、阿頼耶識を「大円鏡智」に、末那識を「平等性智」に、意識を「妙観察智」に、前五識を「成所作智」に配当しています。深入りすると煩雑になるので詳細は省略します。密教の章を参照して下さい。

日蓮の九識論は、信者に対する憑依性が著しく発揮されている特徴があります。例えば、それは、ウェブに公開されたフリー百科辞典・ウイキペディアに掲載中の「阿摩羅識」の解説として書かれた文章に見ることができますので、その要旨を紹介します。『日向記』には、「究竟即とは九識本覚の異名なり、九識本法の都とは法華の行者の住所なり」「此の九識法性とは如何なる所の法界を指すや。法界とは十界なり、十界即諸法なり、此の諸法の当体、本有の妙法蓮華経なり。此の重に迷う衆生のために一仏現じて分別説三するは、九識本法の都を出立するなり。さて終に本の九識に因入する。それを法華経とはいうなり」という日蓮の指導があることから、これを解説文に使っています。また、日蓮が信者の日女御前に宛てた消息文(手紙)には「此の御本尊全く余所(よそ)に求るなかれ。只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱なうる胸中の肉団の中におわしますなり。是を九識心王真如の都とは申すなり」という日蓮の宗教観を解説文として使っていますが、九識心王真如の都とは本尊を指す表現であろうと考えられます。

この解説文として引用された日蓮の記述は、熱心な日蓮宗徒以外には理解できないものであり、客観的な仏教の論理性が感じられないという印象があります。このような文章が一般人に理解されるとは考えられません。この筆者は、自分が受けた憑依の感動を社会の人々に伝えようとして書いたつもりでしょうが、これらの引用文は明らかに日蓮の独善的な妄想を刷り込む意図に満ちたプロパガンダであると考えられます。この解説文を書いた人物は、大乗仏教の論理性を理解しないままに日蓮の独善的な思想を受け入れ純粋培養で育て上げられた人物と考えられます。この解説文を書いた人物は、日蓮宗系の信徒もしくは創価学会員、法華講員、顕正会員(あるいは僧かも)以外には考えられません。日蓮の憑依現象に完全に支配された人物でなければ、阿摩羅識の解説には直接の関係がない文章を何らの検証もせず、自身が感動した独善的な日蓮の宗教観を解説文として挿入する必要性はありません。

この引用文は、日蓮が信者の信仰心を鷲掴みしようとする意図をもって書かれた文章であると考えられます。この文言には日蓮の独善性が凝縮されています。端的に評価すれば、「日蓮が説く法華経が最高であり、法華経以外では成仏できない。日蓮の指導する通りの信心姿勢を貫かなければ救いがないので信仰に迷ってはならない。日蓮の指導を信じなさい。」といっていることと同義であり、仏教思想が判別できない善良な庶民に日蓮思想を刷り込んで憑依する意図があると考えられるのです。日蓮の教説には、日蓮に憑依されて受け入れた者にしか理解できない非論理性や思い込みが随所にあると考えられます。

このネットに書き込まれた日蓮の引用文の本質を閲覧者が正当に理解できるとは考えられません。ゆえに、普遍性が欠落した日蓮の独善的、教条的な教義(ドグマ)の刷り込みが一方的に行われていることになります。この引用文には、日蓮の涓介な非妥協性の性格や独善性、非協調性、攻撃性、情熱性が読者に刷り込まれる高い危険性が認められます。非難に値する手法だと考えられます。

本論に戻ります。中論に無かった修行法が唯識に明示されたことで、瑜伽行唯識派が成立しました。中観と唯識が融合したこの瑜伽行唯識派は、瑜伽行(ヨーガの実践=瞑想)によって心の在り方(意識)をコントロールし変化させて悟り(唯識無境)を得ようとするものです。唯識説は、迷いの世界と悟りの世界を心の転換というかたちで捉えて理論的に説明するものでしたが、心の転換がどのようにすれば可能であるかという課題に対し、心で認識するだけでなく禅定(瑜伽行)によって体得することにより唯識に入ることを目指したのです。真如は不変であるのに、その見方において迷悟が生じるのであるから、意識を制御すれば(悟れば)対象はありのままにその真実が見えると考えたのです。これは『般若心経』の「色即是空」を「空即是色」といいかえる表現と軌を一にするものと考えることができます。空海が、その最晩年の著作である『般若心経秘鍵』において「迷語我れに在れば 発心すれば即ち到る」と書いていますが、これと同義であろうと考えられます。

唯識は「法相宗」を生み、またその論理性は『華厳経』に包摂され「華厳宗」を生み、大乗仏教の到達点となる密教(瑜伽行唯識派)に大きな影響を与えましたが、密教は菩提心と菩薩行の修行を前提とする三密瑜伽行による即身成仏思想を語っています。

法相宗の唯識の論理性から導かれる「五姓各別」(声聞定姓・独覚定姓・菩薩定姓・不定種姓・無姓有情姓)の立場からみれば、成仏は個人の資質や能力の影響を受けるものであると考えますが、これは凡夫に主眼を置き現実の娑婆世界に軸足を置いて不完全な自分自身を凝視する立場を重要視するものであり、仏の境涯から一切衆生悉有仏性を語る理想論の立ち場とは異なるものです。理想論を持ち出して批判する内容ではありません。この点に注意が必要です。

この中の無姓有情姓には、非情世界の草木、瓦礫には自ら発心(発菩提心)して修行をする資質が欠落していると考える特徴があります。個人の資質や能力にとらわれない立場の『法華経』が主張する一乗思想の「一切皆成仏」や「如来蔵思想」、『大般涅槃経』が説く「一切衆生悉有仏性」などの各説は、人間の本質は清浄無垢であり清浄な菩提心を具えているが煩悩に汚染されているだけだと見る「自性清浄心」や「本覚思想」と軌を一にする説であり、個々の人間の資質や能力、努力や向上心の有無など具体的・現実的な実態や個人のポテンシャルを無視して「あるべき論」で覆い隠した思想であると考えるのです。ゆえに、その実体は方便であり、衆生と仏は同質性があるということばは、仏がいうことばであって、仏の慈悲のことばにすぎないと考えられ、実際には個人の素質や能力を無視した成仏論はありえないという現実論が見えます。また、常に成仏論の問題となる「草木成仏」については、草木に「自から発心して修行ができる資質を認めるか否か」という論議が必要なことから、各宗の考え方に大きな違いがでています。

大乗仏教思想の中に現れる法相の唯識と『法華経』の一切皆成仏思想の立ち位置の違いからくる成仏観の違いは、現実問題としては簡単に克服できるものではないと考えられます。一般的には、成仏の無差別観を主張する法華経の説が受け入れられやすいと考えられます。しかし、現実的には、この一事をもって両思想の根本的な優劣を語ることはできないと考えられます。

天台の一念三千論は、『法華経』方便品を意訳した鳩摩羅什が諸法の十如是を語り、諸法の十如実相の仮説を立て、これを天台智顗が諸法の十界互具に言及したことから、これを奇貨とした妙楽がこの理を天台宗の極理とする教理を育て、方便品の十如是の関係性から十界互具を導き、観念的な法数によって百界千如を考案し、三世間に普遍する一念の真理としました。しかし、人の一念の中に無限大を意味する三千世界という観念的な心の様相の世界観を説く解釈論をもって、諸法の実相を疑いないまでに指し示す論理性があるとは考えられないのです。仮説の上に仮説をのせて仮説の世界観を示した観念的な抽象論ではないかと考えられるのです。これについては「序章2、(18)天台宗、(13)-2、の章」を参照願います。

法華経には、一切皆成仏を疑い無いまでに納得させる具体的な論理性や修行内容が明らかにされていないところから、単なる観念的な解釈論が先行しているに過ぎないとする批判があるのです。これに対して、法華経がこれらの疑念を根底から払拭できる具体的な反論が決定的にできているとは考えられません。しかし、「五姓各別」説にみられる各別の決定付けには、大乗思想が説く空観・無自性説に適合しない過失を抱え込んでいるとする批判があります。これが顕教の限界を示すものであろうと考えられるのです。

「如来蔵思想」などにみられる衆生と仏を同一視する価値観の捉え方には注意が必要と考えられます。如来の力、如来の慈悲を強調すれば、如来の絶対性と帰依の必要性が強調されます。ここに如来の教えを疑いなく信じることで「信」の仏教が完成して成仏できると短絡的に考える「信」の誤謬性が浮上する危険性があるのです。ゆえに信仰を正しく導く良師の存在が不可欠となるのです。信は修行するために不可欠な要素ですが、それのみで仏道修行を完成させる必要十分な要素とはいえないのです。「信」は中国仏教に特徴的に現れた『阿弥陀経』の浄土信仰や法華経の一乗思想によって強調されてきましたが、インド仏教の主流は「信」に絶対性を置く仏教ではありませんでした。インド仏教の主流は信によって仏の慈悲の救済を求めることではなく、出家修行者が悟りを求めて行う実践修行としての「行」の仏教でした。日本仏教の一部には、中国仏教が信を特化した影響力を必要以上に受け入れた宗派があり、その結果、鎌倉新仏教(祖師仏教)が登場して、行よりは信、悟りよりは慈悲を求める風潮が強調される欠陥を抱え込んだと考えられるのです。

釈迦仏教の伝統的な成仏観は「自ら発心修行すること」を前提として悟り(成仏)を求めることが基準と考えられてきました。ゆえに、有情世界の人間であってもその資質の違いによって成仏の差別観が見られましたが、非情世界の草木の成仏について差別観が生まれるのは当然のことと考えられたのです。

大乗仏教の立場でも、法相宗は、諸法は唯心の現ずる所として、色心の種子の違いを論じ、草木が発心修行をすることを認めず、三論宗も、草木等は自ら心無く成仏はあり得ないとします。華厳宗の法蔵は、非情の草木の成仏を認めず、澄観は仏性を開顕することができるのは有情のみとして草木の成仏を否認しました。天台宗は、諸法実相である真如は万法に普遍するという視点から草木成仏の義を立てますが、草木成仏の自発心修行までには論理性が及んでいないと考えられます。

鎮護国家の護国思想によって為政者から絶大な信奉を受けた密教経典『金光明最勝王経』の「分別三身品」には、法身、応身、化身の三身のうち法身のみを真実有の仏身とし、応・化の二身は法身によって顕現する仮名有の仏身であると明示しています。密教の教主・大日如来(『華厳経』では大毘慮遮那仏という)は、大悲胎蔵生マンダラ(414尊の集合体)と金剛界マンダラ(1461尊の集合体)の中尊(中心の本尊=根本仏)ですが、この両部マンダラは統一的仏身観(統一的仏陀観)の思想を持ち、諸仏・諸菩薩・明王・天部など一切の諸尊を包摂し、密教的に純化してそれぞれの特性と働きに応じた最適な各所定区画に再配置するパンテオンの構図を持っています。大乗仏教(顕教)では法身は理仏・無説法の仏であり、説法する仏は報身仏とする見方がありますが、真言密教では、法身は宇宙森羅万象の実在の当体であり、その「体」は六大法身(地・水・火・風・空の五大と識大)、その「相」は四曼(大・三眛耶・法・羯磨の四種マンダラ)、その「用」は三密(身・語・意)の実在であり、人格的法身であり説法がある、という仏身観を持ちます。見方を変えれば、大日如来は諸仏諸菩薩等を出生する本源の法身如来であり、諸仏諸菩薩等が成仏する根本の法身如来(自性法身=本地法身)であるとする思想です。

密教の「即身成仏」思想は、非情・無情にみえる草木さえも成仏できるとする特徴的な思想です。空海が六大体大説(六大縁起説)を確立し、阿字大体説に具体的な論証を補完する即身成仏の理論体系を確立したのです。しかし、空海以降に様々な諸説が芽吹き、諸説が発生したことから、真言密教の教理の中興の祖とされる宥快(高野山教学の大成者・1345-1416)が『宗義決択集』を著して教理上の諸問題に見られた即身成仏等の諸説を総括して相伝の論議に決択(結論)をつけたのです。その要点は、有情・非情ともに縁起によって生ずる六大所生であり、法身微細の身も五大所成、虚空も亦五大所成であり、草木も五大所成であるから一切諸法は地・水・火・風・空の五大と識大の六大から生じるものであり、草木等一切所もまた遍満する法身であるとする解釈です。宥快は、非情の草木も心識という識大を具有するので自ら発心修行ができると主張したのですが、成仏論の本質は、顕教の論理的な限界を乗り越える真言密教の「六大(縁起)説」で円満に解決できるのではないかと考えられます。

現代人は、教育の恩恵を受ける機会に恵まれて継続的な学校教育を受けてきたことから、生物に関する科学知識を持つことが出来ました。今日の普遍的な科学知識をもってすれば、草木にも生命活動の営みがあり、厳然と種の保存活動が行われている事実が簡単に認識できます。草木も様々な環境の中で瓦礫とは明らかにことなる種の保存活動を行い、春夏秋冬の環境に適合する生き方をしているという認識がもてるのです。草木の生存活動には、疑いなく「識」の活動が認められることから、草木に心識を認める空海の「六大縁起説」は、単なる観念論ではなく、科学的な論証としての適格性があると考えられるのです。

念仏信者の『無量寿経』、法華信者の『法華経』などの大乗経典は、大乗の諸菩薩が釈迦の説法と精神を受け止めて、成仏に至る仏道修行の在り方を試みて編纂した経典です。大乗の諸経典は悟りに至る方法を試みた教えであり、成仏を具体的に保証するものではありません。教えを修行し、実践することによって成仏(悟り)の可能性を語っているだけです。経典を信じただけで成仏を保証するものではなく、念仏や題目によって成仏を保証するものではありません。

大乗経典は諸仏と諸菩薩が悟りの“きずき”についてさまざまな法話を交わしていますが、これらが編集されて主題ごとにまとめられたものが、様々な仏教経典として成立したのです。これらの有難い説法の教主を信仰する形態が大乗仏教の信仰姿勢になったものと考えられます。

仏教の信仰上の特徴は、三宝(仏・法・僧)への帰依を表すものであり、三宝が帰依・礼拝の対象とされます。例えば、「南無阿弥陀仏」は帰依仏、「南無妙法蓮華経」は帰依法、「南無大師遍照金剛」は帰依僧を表明する一種の儀礼と考えられます。しかし、仏教の帰依・礼拝の対象は、教理的には仏・法・僧は究極的に一つの価値に帰着すると考えることが根本的な建前であり、その究極的な価値は「法」にあります。法を「仏の教え」とする立場では、価値の根元は仏にあるとしても、仏とは「真理を悟った者」であるから、「悟られた真理」(所証の法)は絶対であるとみることになります。絶対的な法は、仏が出現するしないにかかわらず、永遠不変の真理として認識されることから、「悟られた真理」こそ「教えられた真理」(所説の法)の根元(真如、法界)であると考えられます。また、僧は「真理を悟ることを目的とする修行者」、「専門の教導職の者」であることから、仏・法・僧の三者は法を媒介として一体(一体の三宝)となるのですが、仏像とはこのような理念が投影されて形成されたものであると考えられます。

この一体の三宝が、釈迦滅後の大乗仏教に帰依・礼拝の対象となる仏像として象徴的に現れました。釈迦(教主)入滅によって、仏の概念は弟子たちの記憶の中で次第に変化し、「ブッダとは何か」という究明が大きな課題となりましたが、このなかで法=真理とする考え方が成立して諸仏が形成される機縁となりました。釈迦仏教の継承者を自認するプライドの高い上座部を批判して登場した大乗仏教は、仏の真理を悟ったという事実を重視して、「真理と一体になった者」(如来)の存在を認め、ここに仏=法という存在者の絶対性を求めて、仏の「法身」という根本理念を形成したのです。大乗仏教の宗教性は、真理と一つになる、絶対との合一を標榜することに於いて、キリスト教やイスラム教とは際立った違いを示す特徴があります。

三宝は、仏像という視覚的な特徴を付加されて表現されました。帰依・礼拝の対象に具体性を付与することで信仰儀礼の在り方の形式が整えられたと考えられます。信仰の対象は教主(仏=仏像)であり、仏の教説を布教する菩薩、布教する者や教説に従う信者を守護する明王です。経典そのものを本尊とする形式(「南無妙法蓮華経」)は日本にしかない特殊形であり、海外の仏教国から奇異の目で見られている大きな違和感があります。教主(仏)への帰依が仏の称名という形態で表され、称名は、「南無○○仏」(○○仏に帰依いたします)という形態で表されたと考えられます。