(10)ユダヤ教

ユダヤ教は、現存する世界の宗教の中では最古級の宗教です。
『ヘブライ語聖書』(旧約聖書)の創世記によれば、神とアブラハムとの間で交わされた契約により始まる宗教でその成立時期は紀元前2000年頃のこととされています。

アブラハムは、ノアの方舟で有名なノアの子孫とされています。アブラハムの名は神から与えられた名前ですが、その名の由来は「多くの国民の父」を意味するものです。このアブラハムの契約は、唯一神ヤハウェに対する絶対的な服従を理想とする信仰です。
アブラハムの子の「ヤコブ」がユダヤ人の祖とまり、イシュマエルがアラブ人の祖となった、とされています。
ヤハウェはユダヤ人の祖先・アブラハムに現われたことから、彼とその子、孫の名前をとって「アブラハム、イサク、ヤコブの神」と呼ばれますが、この子孫は「啓典の民」といわれます。

ユダヤ教は、神とは世界を創造した造物主と考え、これを唯一絶対の神と定義した最初の宗教です。キリスト教の「造物主思想」(the Creator=神=万物を創造した者)に決定的な影響を与えましたが、この思想はギリシャ、ローマなどの諸民族に生まれた多様な多神教的色彩を根本から否定する思想です。この思想の特徴は、唯一の絶対的な宗教的価値観を持つ神の存在しか認めない厳格で妥協性のない独善的な一神教の性格を色濃く持つ宗教です。

ユダヤ教は、国(固有の領土・統治権)を持たない流浪の民・ユダヤ民族の中に芽生えた唯一絶対神「ヤハウェ(エホバ)」に対する信仰によって民族のアイデンティティを保ち続けて来たという特徴を持っています。

その信仰は神との契約によって様々な宗教的律法を守ることにより神の手によって約束の地(国)に導かれることを願うものです。何代も他民族の支配下におかれた悲惨な境遇の中でユダヤ民族を結束させ生きる望みを失わないために胸中に抱いて育てた民族思想によって支えられてきました。

ユダヤ教の律法は、出エジプトの預言者モーゼがシナイ山で神から授けられた十戒が全ての基礎となっています。
①私はあなたがたの神である。私以外の者を神としてはならない。(唯一神)
②像を作ってそれを拝んではならない。(偶像崇拝の禁止)
③神の名をみだりに口にしてはならない。(神の名)
④6日働いたら7日目は祈りのために休め。(安息日)
⑤父と母を敬え(先祖を敬え)
⑥殺してはならない。
⑦姦淫してはならない。
⑧盗んではならない。
⑨嘘の証言をしてはならない。
⑩隣人の家をむさぼってはならない。

律法を守らなかった人々には神の罰があると説かれましたが、ユダヤ人は何度も律法を破りました。紀元前6世紀のバビロン捕囚はこの罰だと考えられましたが、神はユダヤ人を許し救い主をこの世に送る約束をしました。いわゆるメシア思想です。

メシアは救世主といいますが、キリストはメシア(messia=その元意は油を注がれた者=王・預言者・大司祭)のギリシャ語訳です。神の声を伝える預言者とは異なる存在とされています。
キリストやマホメットを救世主とみるか、預言者とみるか、この見方の違いによって、キリスト教とイスラム教の違いがよく理解できます。
ちなみに、イスラム教徒はキリストを救世主と認めず預言者として位置づけます。イスラム教徒にはマホメットが最後の偉大な預言者と位置付ける特徴があります。

日常生活の上において、ユダヤ人の行動規範となったのは「律法(ト―ラ)」と「タルムード」です。
律法は、『ヘブライ語聖書』(旧約聖書)の最初の五書(モーセ五書)のことで紀元前400年頃に編纂されたものです。
「タルムード」は、口伝律法の「ミシュナー」とユダヤ教特有の律法教師「ラビ」が解釈したミシュナーの解説書「ゲマラ」を集成したものです。農業や商売、食事、祈り、結婚、などの日常生活のあらゆる場面における指針や心がけが記された書です。考え方や価値観を示すもので、ユダヤ特有のティストと様々な教訓に満ちたものとなっています。

亡国の民、ユダヤ民族は、他国の支配下で他民族の圧迫や差別を受けながら流浪の民として2000年以上も世界を彷徨い続け、苦渋と忍耐の日々を過ごしてきました。この過酷な環境の中に置かれながらも民族のアイデンティティを失うことなく結束して生き抜いてこられた特殊な歴史観を持っています。

他国に何百年も定住しながら一致団結して結束し、他民族に吸収されることなく、溶け込まず、同化せず、民族固有の宗教文化を保ち続けられたことは奇跡という以外に適切な言葉がありません。
ユダヤ教が現在のような宗教として確立したのは、『ヘブライ語聖書』の第二の書「出エジプト記」が語る紀元前13世紀のことと考えられています。

ユダヤ民族の離散(ディアスポラ)が始まり亡国の民となった出来事は、西暦66年のローマに対する反乱(第一次ユダヤ戦争)と西暦77年のエルサレム神殿の破壊を契機にするものです。
ユダヤ民族は、過去に様々な不幸に見舞われましたが、その主なものとしては次のような出来事があげられています。

①アブラハムの契約によりカナンの地に導かれたユダヤの民は飢饉などにより、
エジプトに移住したが、やがて奴隷として暮らすようになる。
②イスラエルの民は預言者モーセに率いられて圧政のエジプトを脱出する。
③モーセはシナイ山で神に「十戒」を授けられる(シナイ契約)が、40年も荒野を彷徨う。
④モーセの後継者「ヨシュア」は、先住民と戦い勝利してカナンの地に入った。
⑤紀元前11世紀にカナンの地にイスラエル王国を建設する。
⑥イスラエル王国は、ダビデ王、ソロモン王の治世に最盛期となるが、ソロモン王の死後、    イスラエル王国とユダ王国に分裂する。
⑦前722年、イスラエル王国はアッシリアに滅ぼされ、ユダ王国は前586年バビロニアに滅  ぼされる。エルサレム神殿は破壊され、バビロン捕囚となる。
⑧前538年、新バビロニアがアケメノス朝ペルシャに敗れて滅亡。
ユダヤ人はエルサレム帰還を許される。
⑨その後はエジプトやシリアの支配を受けるが、前142年、独立しハスモン朝を樹立。
⑩前63年、ローマ帝国の支配下に置かれる。ローマの治世下でキリスト処刑される。
⑪66年、ローマに対する反乱(第一次ユダヤ戦争)
⑫70年、エルサレム神殿の破壊。ユダヤ人の離散(ディアスポラ)が始まる。

ユダヤ教の信仰の中で、「神に選ばれ守られている民族」という選民思想が生まれ、ユダヤ民族を誇り高い気風の存在にしました。この誇りがあったからこそ民族のアイデンティティを失わずに結束が出来たのです。

しかしこの思想は他民族を苛立たせる結果を生みます。また、キリストを裏切ったユダがユダヤ人であったことから、ユダヤ民族は二重の迫害の対象となり悲惨な運命に見舞われました。
特に、同根の啓典の民であるキリスト教徒とイスラム教徒からの迫害は悲惨を極めました。
宗教的な迫害が薄れてくるのは18世紀になってからです。この頃から活動の制限が薄れ、活動範囲が急速に拡大していきます。

4世紀にキリスト教がローマ帝国に公認されて以来、ユダヤ教徒の迫害が組織的に断続的に行われていました。
キリスト教の熱狂が頂点に達した12-13世紀のヨーロッパでは、キリスト教徒とユダヤ人の交流が禁止され、ユダヤ人は農業や手工業の生業から締め出されてしまいます。
職業選択の自由を奪われたユダヤ人は、迫害で他人に奪われることのない財産、いつどこに逃れても生きていける智慧を身に付ける教育に活路を見出し、文化、芸術、学術の分野で多くの人材が育ちました。その結果、多くの成功者が輩出され、独自性のある富裕層が形成されました。

この中で、ユダヤ教はユダヤ人の宗教ではなく、ユダヤ教の信者はユダヤ民族である、という評価が定着し、中世までユダヤ民族と人種との相関関係が否定されました。
19世紀以降は民主国家の概念が現われ、「ユダヤ教を信仰する者(宗教集団)」または「ユダヤ人を親に持つ者(民族集団)」という二つの概念が使われています。

ユダヤ教徒は布教活動はしません。一般人がユダヤ教に入信してユダヤ教徒と認められることは通常ではありません。ユダヤ人のコミュニティーが認めた場合に例外的に許される場合がありますが、ユダヤ教徒の母から生まれた子がユダヤ教徒と認められる社会を形成しています。父母特に父親の威厳や存在感を大事にする家庭環境を形成して日常の生活環境の中でユダヤ教の生活習慣を守っています。往年の日本人社会とよく似ています。

13世紀にエルサレムにシナゴーグ(会堂)を建設しユダヤ民族の子弟の教育を組織的に行うようになりましたが、16世紀には四つのシナゴーグを建設しています。

国籍を持たない民族は国家の保護が求められません。
仕事を得ることは困難を極め、自らの才覚によって生きる術を探さなければなりません。
ユダヤ人の多くは芸術家、科学者などの才能と頭脳を生かした分野に活路を見出しました。
高い教育に力を注ぎ共同で教育機関をつくり子弟を教育しました。
また、キリスト教徒が不浄の仕事と忌み嫌った金融業や商業には伝統的に従事者が多く、世界中に独自の情報ネットワークを作り、競争に勝って財を築き世界経済を牛耳る者が出てきました。

1887年にはロスチャイルド家がイスラエルの地に農業コロニーを買収し、1896年にはロスチャイルド家の援助のもとにユダヤ人開拓村が誕生しました。ユダヤ人は千年以上の歳月をかけてシナイ半島に徐々に集結し、定住の既成事実を重ねてアラブ人の実効支配を否定していったのです。

1902年には、ユダヤ民族の母国語であるヘブライ語を話せる家庭は僅かに10家族だけしか存在していない状態でした。ユダヤ人のほとんどの人が居住地域の言語を話していたのです。1904年頃からヘブライ語の授業を行う学校が増えていきました。

ユダヤ人は、世界諸国の在住者を合わせれば1300-1400万人と推定されていますが、イスラエル本国に531万人、特にアメリカに528万人も居住し、世界金融や商業の重要部分を掌握し、アメリカは当然ながら世界の政治・経済に多大な影響力を行使しています。その外交力を見ても日本などは太刀打ちできない実力を持っていると考えられます。
財界では、ロックフェラー、ロスチャイルドが有名ですが、今世界の金融はユダヤ人の手に握られているといっても過言ではないとも言われています。
この他には、物理学者アインシュタインとオッペンハイマー、思想家マルクス、フロイト、作家フランツ・カフカ、アメリカの外交官ハリー・ホワイト、キッシンジャー元米国務長官、日本国憲法の執筆者チャールズ・ケーディス、日本史研究者ハバート・ノーマン、映画監督スティブン・スピルバーグ、日本のテレビによく出るピーター・バラカン、デーブ・スペクターなど様々な分野に存在しています。

ユダヤ人は世界人口のおよそ0.2%に過ぎません。ユダヤ教は布教活動をしないので、人口が大量に増えることは今後とも考えられません。しかし、ノーベル賞の受賞者の数を見れば、この20%がユダヤ人だといわれています。

ユダヤ人の成功には高等教育の外に、ユダヤ人の魂とか頭脳と呼ばれ、ユダヤ教徒が生きるために長年にわたり積み重ねたラビ(律法教師)たちの智慧の書『タルムード』の存在が知られています。
これは、ユダヤ民族のため各律法の内容をどの様に理解し具体的な判断をすればいいのか、その基本的な考え方を個別に示す位置付けにあるものと考えられる内容です。

しかし、他民族からこの『タルムード』見れば、間違いなく不快感と警戒心が湧きおこることが避けられない内容の言葉が書き綴られています。
実はこの『タルムード』がヒトラーの逆鱗にふれてホロコーストを招いたのではないかと言われたものですが、『タルムード』がユダヤ人の結束を固めた心の砦であるともいわれています。

但し、『タルムード』は長年のラビの努力の結晶です。異教徒が研究することは許されない、という特殊事情を考慮する必要性があると考えます。

世界の紛争や戦争の原因は「宗教対立」と「富や利権、資源の奪い合い」にあります。ユダヤ人の受けたホロコーストという大量虐殺やイスラエルの建国はこの線上にあるものと考えられています。

ユダヤ民族がパレスティナの地に、シオニスト思想を掲げてイスラエル国家を建国したのは1948年5月14日のことでした。シナイ半島の委任統治国・イギリスの後押しや欧米の支援と黙認によるものです。

パレスティナ問題の紛争の原因は、「宗教の対立」と「領土の奪い合い」という難しい課題を複数抱えています。何度も国際関係国の調停を受けながら紛争の終結が見えてきません。その都度、泥沼状態に陥ってしまいます。パレスティナ紛争は、当事者双方とも解決策が見いだせない混沌の中にあり出口が見えません。