(39)-8中韓問題と安全保障①(バイアス報道と憲法問題)

2014年6月27日の「報道ステーション」が行った異常なバイアス報道に驚愕しました。安倍内閣が予定している集団的自衛権の行使を認める「閣議決定」を一方的に批判する偏向報道です。政府批判は朝日新聞の系メディアのお家芸ですが、新聞に許される独自の主張はテレビの報道には許されていません。テレビには「政治的な公平が」法律で義務付けられているからです。テレビに許される報道姿勢は、対立する双方の意見の特徴を中立の立場で客観的に視聴者に伝えることです。その判断は視聴者が判断します。特に報道番組は、時事・政治の諸問題を視聴者に分り易く、公平に伝える使命があります。報道には高度な社会性が求められ、番組に客観的な公平性が欠ければテレビ報道の存在価値はありません。この報道番組を司会者・古館は見事に、一方的に視聴者の見方を誘導する発言を執拗に繰り返しました。視聴者の立場で評価すれば、とても見苦しい偏向行動の姿勢がありありと見受けられました。「報道ステーション」の存在価値はないと考えられる出来事でした。

露骨なバイアス報道姿勢を取り続けた古館の主張は、無能ゆえの偏向発言としか考えられませんが、視聴者を完全になめている姿勢には怒りを禁じえません。古館がいつも解説者や出演者に対して露骨な意見の誘導をしている姿は三文芝居の役者にしか見えません。元通産官僚の古賀は、古館から不意に意見を求められ、「憲法9条は平和の楯」といってしまい、日本が平和でいられるのは憲法9条があるからだと無責任な発言をしてしまいました。現実的な評価では、第9条は日本外交の無力化の足枷になった主原因と見られています。9条を評価する者は、日本の無力化を狙っている中韓の両国と左派イデオロギーに染まった国内の頑迷な偏向思想の持主に典型的に見られる現象です。元官僚の古賀は見識のある人格者であり、この認識を十分に持っていたと考えられます。古賀は一瞬戸惑ったように見えましたが、なぜか古賀は、テレビ朝日の社是に合わせる発言をしていまいました。

テレビ朝日に、日本国憲法のあるべき姿が本当に描けるのか疑問を感じます。朝日新聞の報道姿勢に追従して、国民の政治姿勢にバイアスをかけて誘導しているとしか考えられません。民法テレビだから、好き放題に自説を開陳できると考えたら大間違いです。テレビ報道には客観的で公正な報道姿勢が欠ければ存在価値がないのです。対立する双方の考え方や立場を分り易く紹介する姿勢は不可欠と考えられます。このまま視聴者を嘗めている姿勢を取り続けることは、とても危険なことだと考えられます。

報道ステーションに出てくる解説者はどれもこれもバイアスがかかり過ぎて一方的な価値観を語る人ばかり出てきますが、専門家といえるだけの見識が欠落しているように考えられます。テレビ朝日は、視聴者にバイアス報道を刷り込みたい為にコメンテーターの意見を誘導して、テレビ朝日の望む方向に誘導しているように感じられます。このために、いうことを聞く柔軟性があるコメンテーターを探してきているという疑いをもたれています。報道番組はテレビ局の顔です。バラエティ番組とは違うのです。古館は失格です。前任者の久米に対抗心を燃やしているのでしょうか。

特に、朝日新聞の近年の国家批判の報道姿勢には左派イデオロギーの主義主張を押し付ける傾向性が目立ち、強い不快感が感じられます。国家の自衛権を否定する立場を国民に訴えたいのであれば、理想とする国家の理念と構造を明らかにして、少なくとも百年を見通す日本の国家観を明白にすべきだと考えます。過去の朝日新聞の編集者や評論家の主張は、国家のあるべき姿を描く能力がないのに、批判の為に批判をしている50年前の書生のような論調ばかり見えすぎて全く評価できません。朝日の視点には、「国家のあるべき姿」が決定的に欠落していると考えられます。国家の批判には、この視点が欠かせません。

1947年5月3日に施行された日本国憲法の第9条の本質的な問題は、9条の内容を法的に解釈して吟味する手法では何らの解決策も生まれません。国家に必要不可欠の安全保障を平和主義という美しい言葉で否定して正当化しようとする解釈論からは「日本のあるべき姿」は何も見えず、不毛な意見の対立しか生みません。第9条の本質は、敗戦処理内閣が占領軍のGHQの指令を受け入れて日本の属国化を認めさせられた条文でした。決定的に、国民の自由意思に基づいてその総意を結集して決定した内容ではありません。

憲法第9条は、GHQ(占領軍、その実質は米軍)の総司令官マッカサーが米国の意思を実現するために用意周到に捏造して創作した美しい条文です。日本軍の強制的な解体は、今後の日本に誕生する新政権が(米国に対する)軍事クーデターを起こせないように無力化すること、日本が米国から独立することを未然に防ぐ予防措置として、駐留軍(米軍)が専ら日本の防衛を担う安全保障体制を構築する装置として考えられたものでした。第9条は、米国が日本を属国化する意図で考えた美しい理念によって構成されているのです。

日米同盟を信じて疑わない信奉者も、憲法9条が平和の楯だと信じている人も、真剣に日本の「あるべき国家観」や日本の独立と安定を考えている思慮深い人とはいえません。両説とも過渡期の一時的な方便にすぎない無責任な説です。日米同盟条約があるからと言って米国が壊滅的な打撃を蒙る覚悟で日本を護る義務を果たすことなど考えられません。 竹島が韓国に不法占拠されても、尖閣諸島が中国の標的にされて挑発を受けても、米軍は防衛義務を果たしていません。日本がこれを排除する行動に出ていないことから、まず日本が自力で行動を起こすべきであり、米国は日本の行動を見てから考えるという立場を取り続けています。

憲法9条2項、3項は平和の楯ではなく、他国の軍事介入や挑発を招くおそれを内包する両刃の剣です。日本の現状が認識できる能力があれば理解できる自明の理だと考えます。平和ボケの主張は、日本の避けられない地勢上の立ち位置の視点が決定的に欠落した思慮がない戯言(ざれごと)だという批判があります。いま日本が平和で安全な国だと信じる立ち位置に満足している人々は、現実の日本が置かれている立ち位置の危険性の認識が欠落した平和ボケをしている人々だという批判です。日本が護憲の立場を取る限り平和が保たれると考えているのであれば???と考えられます。

日本が安全で平和な国でいられたことを、平和憲法のおかげだと信じている人がいます。第9条は平和の楯だから護憲を続けていれば他国の挑発を受けることもなく戦争に巻き込まれる危険性がない、と安心しているものと考えられます。しかし、それは思慮に欠けた独善的な考え方です。中韓は、日本が憲法の縛りを受けていることを十分に知り尽くしています。日本が再軍備の見込みがないことから、領土問題でも後顧の憂いなく挑発ができるのです。憲法を楯にして米軍との共同行為を拒むことができたといって喜んでいる人は???です。米国は日本国憲法を作ったGHQそのものです。米国は日本の憲法問題を十分知りながら同盟国として日本に共同歩調を求めていると考えられます。米国は国際公法の「日米安全保障条約」の当事国として、国際条約優位説の立場から、国際条約は憲法に優先すると考えて日本側の日米同盟の受け取り方の反応を見たのではないかという疑いがあります。

法的には、憲法優位説を採るか、国際条約優位説を採とるかは、当事国の政権が判断することですが、国内法の憲法優位説に固執すれば、条約を反古にする行為として条約締結国の信頼を失い、国際的な孤立に陥る危険性が考えられます。国内法を楯にとって国際条約の履行を拒めば条約破棄と受け取られ、国際条約の締結国としての信頼性を喪失して国際的に孤立するリスクがあります。もし将来的に、日本が米国の政治、経済、軍事面のメリットを喪失してデメリットが多くなれば、条約の必然性がなくなり、日本は国際的に孤立する可能性があると考えられる危険性があります。

現在の欧米諸国の多数説は、国際条約は国家の基本法に優先するという考えです。現在の国際関係は、どのような超大国であっても一国のみで国際関係を決定することができないというグロバリゼーションの世界観の中にあります。よって、国内法よりも国際法を優先することによって国際秩序を安定させようとする傾向性が強くなっています。一国主義(日本国憲法の優先)にこだわれば、日本には孤立化の道しか残りません。日本の現状は米国が日本の憲法の特殊事情を考慮してくれていること、日本の地勢上の位置関係が米国の国際戦略上で欠くことができない重要拠点になっていることなどから事なきを得ている状態ですが、いつまでも続く保証はありません。憲法第9条の理念は日米安全保障条約の効果を左右する内容を持つことから、日本外交は憲法と国際条約の板挟みの自己矛盾の中にあり、多くの矛盾と苦悩を抱え込んでいます。独善的な平和主義に基づく憲法擁護論は、現実の複雑な国際社会の対立を分析・評価を避けるものであり、責任ある賢者の態度ではない、と考えられます。

日本が敗戦の後遺症から立ち直れない茫然自失の喪失感を抱き続けていた時、GHQの指令に従い現憲法を受けいれたことで、日本は実質的に自主外交を喪失しました。現在の日本外交を評価すれば、憲法9条と日米安全保障条約の間で揺れ動き国家の自主外交ができない国 という評価になりますがこれは本当の事です。日本の自主独立の道は険しく、これを可能とする智慧が必要です。これは憲法の構造的な欠陥に関わる問題であり、この危険性は放置できない緊急の課題だと考えられます。しかし、大多数の無責任な国民にはこのような認識がありません。この閉塞感を打破するためには、阿倍内閣と与党議員及び安全保障推進を推進する諸党の議員に国民のコンセンサスを推進する旗振りの大役を無事に果たすことを期待したいと考えます。国民の正常な安全保障政策の必然性の認識を可及的速やかに再構築して頂きたいものです。

戦後、日本は紛争の当事国となって戦争の危機に直面したケースがありません。第9条を楯にして平和と安全を護れた事例はありません。もし、そのような危機に直面すれば、第9条は敵対国を喜ばせるだけの存在でしかありません。戦後の日本が平和と安全を保つことができたのは軍事的対立の当事者にならなかったこと、日本国民の民度の高さにあったと考えられます。他人を思いやる気配りができる文化や公共心の高い民度を持つ日本人の民族性は世界に誇れる文化です。日本民族の精神性の柱は、神道、仏教の思想性にあります。これが中韓との民族性の違いです。中韓を縛り付けている儒教思想は、日本では朱子学が江戸時時代に学ばれ、身分秩序を選択的に受容しましたが、明治以降は廃れています。

隣国の韓国、中国の民族性や民度と日本の民族性や民度を比較すれば、大きな違いがここにあります。中韓は、根拠のない中国民族優位説や韓(朝鮮)民族優位説という異常な民族性を際立たせる偏見に満ちた虚構の世界観を捏造しています。これを信じているのは捏造の歴史教育を刷り込まれて信じている哀れで蒙昧な中韓の人々だけです。大多数を占める庶民には儒教思想の教えを実践してきた実績がまるでないのに、儒教思想を引き合いに出して民族の誇りにするという矛盾の人々です。儒教思想の実践者の一部として知られているのは「士大夫の位」に憧れた自尊心の強い思想家だけであり、無知な庶民が儒教思想を引き合いに出して不可解な中華主義とか小中華主義、事大主義を唱えることは笑止千万なことです。民度が低すぎるという批判を受けても仕方がないと考えられます。

儒教思想をもてはやしたのは中韓の一部の特権階級(中国の士大夫、朝鮮の両班)だけでした。日本には学問的な評価が「朱子学」の一部にあるだけで、日本人の精神性は儒教の影響をほとんど受けていません。これが中韓と日本の民度の決定的な相違点と考えられます。中韓の儒教思想の思い込みでしかない時代錯誤の中華思想や、無知な捏造の歴史観にまともに付き合う必然性は全くありません。笑うか、批判するか、無視するか、思い知らせるか、いずれかの最適な対応を示さない限り、今後もますます増長させる危険性があると考えられます。何を言っても聞いてくれる、何を言っても反論を受けない、日本人の善意はこのように中韓から受け取られてきたのです。争いを好まない日本人の思いやりと「ゆるい対応の仕方」が、中韓の思い込みを増長させてきたと考えられます。

日本の歴代政権は、過度の自虐史観を持ち続けました。中韓に対する外交の基本姿勢として、過度の思いやりと、特別な配慮を取り続けてきました。外交問題の発生のたびに、このような基本姿勢でその場限りの「ゆるい対応」をしてきた日本政府の外交姿勢には重大な責任があります。外交的見地から、これを適切に調整すべき外交官もその責任を放棄していました。日本外交は赤点の連続だったと考えられます。日本の経済支援でインフラ整備に成功した中韓には感謝の念は微塵もなく、自国民には政府の努力による独自の成長であったと教育しています。日本の善意は隠されてきました。いま、中韓の傍若無人な反日敵視政策には、歯止めがきかない危険性が潜んでいると考えられます。

中韓の報道機関に共通する異常性は、阿倍政権に対する徹底した嫌悪感で覆い尽くされていることに見られます。日本人に対してではなく、極右の安倍政権が反日の対象だという穢い論理のすり替えを主張するようになりました。しかし、歴代政権の中で、初めて日本の立ち位置を明確にして、国家の安全保障を政権の重要な政治課題と捉えて、世界に向けて積極的な外交を積み重ね、評価に値する外交・防衛問題という国家の最重要課題に真剣に取り組んだ内閣総理大臣は安倍晋三首相だけでした。戦後、中韓が最も手ごわいと感じた初めての首相が安倍晋三首相です。安倍首相の登場は、戦後の日本に初めて訪れた起死回生の奇跡だと考えられます。安倍政権が国民の信頼を繋ぎ止められなければ、日本が国際的な信頼性を手にするチャンスを失い、日本は二度と立ち上がれないダメージを受ける可能性があると考えられます。

いつもながら、朝日新聞の集団的自衛権に関する世論調査には驚きを通り越してあきれてしまいました。有効回答数が中国1000人、韓国1009人、日本2045件の結果が中国では95%が反対、韓国では85%が反対、日本では63%が反対とする結論を出して阿倍政権を批判していますが、このアンケートには正当性の根拠がないと考えます。集団的自衛権に反対している国は中韓二国だけであり、反日政策で洗脳された中韓の人々に尋ねる手法には何らの意義がなく問題外で失当です。何よりも中韓以外の諸外国で行っていないことは片手落ちであり、公平性が欠落しています。朝日の設問は二者択一方式で「賛成」か「反対」かを問うもので選択肢が限定されています。これと同じくする各社には共同通信、日本経済新聞、テレビ東京がありました。朝日新聞の結果とは異なりましたが、二者択一方式では「反対」が「賛成」を上回る傾向がでています。これに対して、毎日新聞、読売新聞、産経新聞、FNN,の選択肢は3つで「限定容認論」を加えています。この結論では「賛成」が10%、「限定容認」が40~60%、「反対」が20~40%であり、賛成派が反対派を上回る結果がでています。

一般的に、アンケートは対象者の選定方法や設問の仕方で、全く異なる結果が生じることが知られています。特に、朝日、毎日、東京の調査は、自社の思い通りの結論を導き出すためのバイアスが極端にかかっていると考えられます。アンケートには①質問の選択肢の数、②質問文の表現の仕方、③質問項目の順番、世論調査を実施する会社名(ブランド)をしんじさせて予断をむ、などの問題点が指摘されています。自社記事を正当化するためにアンケート結果を作り上げる手法は言語道断であり、そのような屑記事を発表することは断じて許されるものではありません。

民意を広く汲み上げるアンケートでは、二者択一ではなく、三択以上の質問形式をとることが必要だと考えられます。アンケート調査には、地域性、男女の比率、年齢比率、職業、専門性などの対象者の抽出方法や対象者数の絞り込み、質問の主旨や背景説明の有無、設問内容、設問の方法(二者択一、三者択一、複数回答)や調査の仕方、聞き方(アンケート用紙の送付と回収方法、電話、面談の聴取の仕方)によって、全く異なる結果が出てしまいます。上記の各社の世論調査は全く異なる数値結果を出していました。報道機関が行う世論調査には、各社の考えや主張を補強するために「思い通りの結果を得るための手法」を取ることがしばしば散見されることから、額面通りに受けとると危険です。特に注意が必要だと考えられます。

韓国と中国には、日本の善意を評価する世論が形成される見込みは全くありません。両国の政治的な反日政策は自国民の目や耳を塞ぎ、徹底した小中高生に対するプロパガンダの刷り込みによって、日本=敵対国=犯罪国家=世界中の嫌われ者、とする図式を作って露骨な反日政策を取っています。中韓のマスコミや報道は、見事に反日記事一色で覆い尽くされています。見事としか言いようがない異常な報道姿勢です。報道機関が国家と国民感情に支配されている証拠です。これと比べて日本の報道機関はどうでしょうか?日本には、何かあれば安倍政権の足を引っ張ろうと身構えている新聞、テレビがあります。情けないくらいの左派イデオロギー思想に覆われたバイアス報道の姿勢を取り続けている報道機関が多すぎるという欠点があります。日本の政権は中韓の日本を貶めるプロパガンダに向き合うだけでなく、国内の報道機関に神経をすり減らす気苦労が絶えないという構造的な欠陥があると考えられます。日本の報道機関は、敗戦後の自虐史観の束縛から脱却できず、左派イデオロギーに決別できない人々が多すぎるのではないかと考えられます。

中国と韓国の憎悪と反日政策は、70年以前の大日本帝国が中華国家の中国、小中華国家の朝鮮を軍事力で侵略した事実から発生しています。これによってプライドの高い民族の誇りを傷つけられたことを強調し続けることで民族の敵愾心と報復心を植え付けようとするものであると考えられます。中国の伝統的な中華思想、韓国の小中華思想や事大主義思想は、中韓の自尊心を育んできた普遍性が欠落した独善的な民族思想です。中韓はこの思想にプライドを持ち、日本は独自文化を持たない劣等国であるから、多様な文化を日本に授けて恩恵を施してきたという独善的な優越感を持っていました。中韓には客観的な事実関係を見つめる歴史観が育っていないという共通性を持つ欠陥があります。

中韓の歴史認識から見れば、明治維新を経験した日本がアジアでいち早く欧米流の近代化を成し遂げて、中韓を軍事的に侵略したことは決して許されるものではないという歴史観になります。この中観の徹底した憎悪と反日感情が中韓の国民感情を傷つけて、日本に対する敵愾心を増幅させてきたのです。中韓の歴史観と民族教育が小中高生に徹底的に刷り込まれてきたことで、反日の憎悪が民族意識を刺激し続け、日中韓の友好関係を阻害する大きな要因になってきたと考えられます。従軍慰安婦問題はこのような中韓の歴史観の中にある外交問題と考えられますが、韓国は冷静な事実関係を見つめる努力ができないのです。

中国は韓国と同様に、日本が1979年から始めた中国に対する「円借款と無償援助、技術協力の総額が2,248億元(3兆1472億円)」を超える実績があり、中国のインフラ整備に大きな貢献をしてきた事実を自国民に隠したままです。中国が諸外国から受けた援助の66.9%が日本の援助であったことも中国人は何も知りません。1970年、共産党が一党支配する共産党独裁国家・中国を支持する立場を明らかにした最初の国は日本でした。中国が国連の常任理事国になれたのはアジア枠に発言力を持つ日本の支持表明に後押しされた結果であったと考えられますが、中国は反日政策を国益とすることを鮮明にしています。

日本は無能な政権がだらだらと続いた不幸の連鎖の中にありましたが、日本の外交官の能力はこれに輪をかけた評価に値しない無能外交でした。日本の外交官は外交交渉の適性資質がない人であっても国家試験に合格すれば外交官に採用されます。外交資質のある人材を見極めて優先的に採用する「外交能力の資質を重視する採用制度」がないので、外交の適性資質を持つ有能な外交官は育ちにくいという欠陥があります。もう一つの原因は憲法9条の存在にあります。これらが外交官を委縮させる原因となり、外交官の手足を縛る足枷になっていると考えられます。日本外交は負の連鎖に置かれていると考えられます。

外交音痴もしくは無能と批判されている元内閣総理大臣は、78代宮沢、79代細川、81代村山、93代鳩山、94代菅の5人です。特に、村山と鳩山は露骨な反日政策を取る国に招かれて、日本の国益を著しく貶める主張を繰り返してきたことで、総理の自覚や資質が全くないこと、外交能力のカケラも外交センスもないことが広く知られてしまい、前代未聞の国賊扱いを受ける最下級の批判の対象になっています。退任後にこれだけの悪評を受けた元総理は、他に比類がなく哀れな存在です。