(39)-9中韓問題と安全保障②(外交と憲法の問題)

日本の隣国、中国、ロシア、韓国、北朝鮮はすべて異常に強い自国本位の主張する国家ばかりです。日本と共通の価値観を持つ国家は皆無で、いずれも軍事力を増強している国家ばかりです。隣国諸国が共通して持つ日本観は、先進国でありながら、自国の安全保障や外交を米国の影響下に70年も置かれて監視されている国、平和憲法に70年も自縄自縛を受けていながら、これを変えようとする勢力が育ってこない不思議な国という評価です。

ゆえに、日本が軍事力や外交圧力を行使できない情けない国とみて、威圧感を全く感じることがないのです。北朝鮮の拉致問題が発覚しても日本は毅然とした解決方法が取れませんでした。 中国と韓国の反日政策は本気です。日本の軍事力や外交力に威圧感を受けない安心感から露骨な反日政策があからさまに実行できるのですが、これについて日本が毅然とした外交措置を取ってこなかったことが、両国の対抗心と報復心をエスカレートさせてきた原因であると考えられます。

簡単に言えば、両国の反日政策は平和ボケの日本人が足元を見られて挑発された自業自得の証拠です。日本に対して怨念の歴史観を持つ中韓の反日政策は、日本を標的に定めた民族的な報復現象と考えられます。日本が甘く見られたことで、中国、韓国、北朝鮮の脅威と対峙しなければならない現実的な危険性を招いてしまったと考えられます。

日本が毅然とした態度を示さなければ、一方的な挑発を受け続けるしかなく、領土や資源の奪い合いの餌食になるだけだと考えられます。憲法に呪縛されて身動きができない、威圧感がない日本の外交努力が反日政策を取る中韓に受け入れられることなど奇跡にすぎません。 国家間の紛争の勃発は、国家間の国益やエゴの対立だけでなく、軍事力の歴然とした差がでることによって国民感情を刺激し資源の奪い合いをエスカレートさせるからだとも考えられています。軍事力の優勢意識が劣勢国を威嚇するのです。

何もない状態(平和)は、軍事力の均衡が相互を抑制させている効果と考えられますが、現状は徐々にバランスが崩れていく傾向性がでてきていることから、日本には現実的な危険性が差し迫っていると考えられます。国際紛争の結末は、現実的には軍事力の差が勝敗を分けることになります。取り返しがつかないスパイラルに墜ちる前に、国民と国益を護る安全保障能力を向上させることは国家の義務だと考えられます。

自国防衛を他国の軍事力をあてにして生き残った国はありません。いま日本は領土や資源争奪の標的になっています。安全保障を怠って、外交力を失った国は存立できないことは歴史的の事実が証明しています。 憲法の条文や文言がどうのこうのという古色蒼然とした文学的な言葉のディベートからは何も生まれません。

日本国民の中には、「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して」「戦争を放棄」する。「戦力の保持を認めず」「国の交戦権も否認する(自衛権も認めない)」という日本国憲法の文言を支持する人々がいます。これには、軍部の暴走を許してきた反省が生かされているという考え方があります。中韓の世論は、これを指して「日本の国柄(国民病)」と決め込み、日本は米国の属国だから再軍備は二度とできないという定見が根付いています。なぜなら、憲法改正手続きの硬性度が尋常ではないと考えられてきたからです。

欧米の先進国の憲法の精神と比較すれば、 日本国憲法は、中学生レベルの感性によって書かれた作文でしかないという評価があります。空虚な美しい文言を国家の基本法に大量に抱え込まされたにもかかわらず、左派イデオロギーに縛られた新聞、メディアが、これこそ平和憲法だともてはやす世論を形成したこと、これが戦後の生活苦に疲弊した日本人の多数派になったと見られたことで、戦後の日本の評価が決定づけられたものと考えられます。日本は再び世界のリーダーにはなれないと考える諸外国の評価と日本人の自国評価には乗り越えられない大きなギャップが出来たと考えられます。

GHQが誘導する平和理念を吟味することなく受け入れた日本政府には、決定的に本質的な認識力が欠けた無責任がありました。また、無条件降伏を受け入れたことで文句がいえない立場にあったとも考えられます。しかし、新憲法の最優先課題は天皇の地位保全にあると決定した当時の政府には、GHQが実質的に制定した日本国憲法が70年も日本人を自縄自縛に陥れる効果をもつ持続的な憲法になるという認識はなかったと考えられます。

敗戦の決定的なダメージを受けて立ち上がれないGHQ占領下で、1951年(昭和21)5月3日から始まった、「極東軍事裁判」という前代未聞の法廷を開き、「平和に対す罪(A級)」「戦争犯罪に対する罪(B級)」「人道に対する罪(C級)」という3つ事後法(法理上は不遡及)に効力を持たせる違法な軍事裁判を根拠にして、勝者の連合国が敗者の日本を一方的に裁くやり方を目の当たりにした当時の日本人の驚愕や恐怖心は如何ばかりのものであったろうか。これは日本人に対する報復と粛清の「ミセシメ」であったと考えられる鉄槌でした。

当時の日本政府は天皇を戦犯にさせないことを最大の防御問題にしていたことから、通説では、天皇が無事であれば、その余のことはGHQの意向を受け入れる方針を固めていたと考えられています。 GHQが考えた憲法の理念は、立ち直った日本が再軍備して報復心を持てないように徹底的に縛り付けること、ゆえに憲法の随所に平和理念を埋め込むことでした。勝者の占領政策の眼目は、敗者を無力化して報復心を失わせ、勝者の施策に従わせる(属国化)ことにあります。

平和理念が美しい言葉で高らかに宣言されたことで、これぞ平和憲法だと単純に喜ぶ人もいますが、日本国憲法の性格付けと柔軟性の喪失とがGHQによって決定された憲法にあることはまぎれもない事実です。牙を抜かれ、去勢された忠犬に位置付けられたと考えられます。

1951年(昭和26)9月8日の「サンフランシスコ講和条約」において、日本は極東軍事裁判やGHQの占領政策を追認する調印を行い独立国家となりましたが、同時に、「日米安全保障条約」が締結されたことで、日本は軍事的に米国の庇護の影響下に置かれる体制を追認したことになりました。米軍が継続的に日本に駐留軍を常駐させる体制が固定化されたのです。

憲法(日本国の基本法)を語るには、どのような国家を形成するべきかという国家観の設計が必要です。具体的な国家像を想定しなければ、憲法の各条項の整合性が検証できません。まず、日本国憲法の法的国家観を明らかにする必要があります。国家観を前提にしない憲法論議は空虚な議論?だと考えらえます。また固定化された国家観などありえず、世界的視野を欠落する狭窄性、時代の流れに即応できな欠陥性、国民の安全保障や国民福祉の向上に役に立たない性格の憲法には存在価値はありません。

憲法の存在理由と正当性がいつでも挙証できる憲法でなければならないことは当然です。しかるに、国家の最重要政策である安全保障政策について、中・韓両政府の内政干渉を受ながら、これを許してきた歴代政権には重大な外交責任があると考えます。内政干渉は相手国を見下す驕りや昂ぶりであることから、中韓には、日本には「何を言っても許される」という外交姿勢を続けさせてはならないのです。 憲法は、日本人が考えた日本人のための基本法ではありません。

憲法は、国民不在の下で、GHQの指導の下に許可されて制定された日本国の基本法です。平和の理想を語る美しい文言がキラ星のごとく随所に埋め込まれたものでした。これに感動し、支持する国民が存在したことは事実です。しかし、これらの美しい文言の背後には「日本は悪い国」(日本は戦争犯罪者の国)だという価値観の植え込み、もしくは刷り込みがあります。戦後の日教組はこれを受け入れて贖罪の教育を過剰に小中高生に刷り込みましたが、その影響度は、生徒は教員の説明を無批判に受け入れる傾向性が高いことから、甚大で計りきれません。一般的には、安全保障=戦争の危機、と捉える短絡思考に現れているのではないかと考えられます。

憲法第9条をノーベル平和賞に推薦しようと主張する人々がいます。日本は今のままがベストとする立場を支持する人々と考えられますが、この中に日本国籍を持たない外国人が混入することは許されません。在日の外国人には日本の法秩序を厳守する義務があり、政治的な主張には許容範囲の限界があることを自覚することが必要です。日本国の有るべき姿を主張して具体的な政治行動が法律の範囲内で許されるのは日本国籍を有する日本人だけだということです。外国人が日本国憲法に容喙することは断じて許るされることではありません。

在日の外国人の中で、突出して政治的な発言をしているのは在日韓国人、在日北朝鮮人、在日中国人の中の一部の人に見られる見識のない振る舞いです。この在日外国人は日常的に日本人の通名を名乗るので、一見では日本人と見分けがつかないことから「成りすまし」をして街頭デモなどを組織的に行っていますが、許容できる範囲のものではないと考えられます。

日本国内に居住する外国籍を持つ外国人に許容される請願は、人権・差別、生活・労働、など個人的な不利益に関するものに制限されるものであり、外国人が日本国内で高度な政治問題である憲法問題や安全保障、外交問題などで抗議やデモをする行為は主権の侵害にあたり、言論の自由の保障を受けられない性質のものであることが明らかです。発覚すれば国外退去の行政処分を受けるのは当然です。

日本国憲法が世界に類例のない条項「第9条」を持たされたことで「平和憲法」と呼び始めたことは正しい認識であったのだろうか? 平和憲法のポジションは、敗戦後に急激に台頭した左派イデオロギーによって育て上げられ、芽生えた自虐史観の蔓延によって決定付けられた名称によるものでした。日本人の民主的な手続きによって誕生したのではありません。

日本国憲法の特徴は、米国が日本を管理(支配)下かに置いて日本の自立を制限するためにGHQ主権によって制定された屈辱の押し付け憲法であったと考えられます。日本国憲法の制定過程において日本国民は決定的に主権者ではありませんでした。 戦後70年の国際状況の変化が憲法の自虐的な自縛性を際立たせています。

共産党一党独裁国家の中国が台頭して核保有国となりました。膨大な軍事費を支出できる軍事大国化して極端な反日政策を国際的に実行し、韓国が病的な反日政策を取り続け、社会基盤の脆弱な北朝鮮もが国力に不釣り合いな核保有化して危険な恫喝外交を続けています。北朝鮮は、自国の数十倍もの国力を持つ国家に危ない綱渡り外交を仕掛けて、一体どこに着地できると考えているのでしょうか。 日本国憲法が日本を縛り付けて身動きできない自虐史観に陥ったことで、中・韓と北は安心して軍事力の強化に取り組めたのです。日本の自縄自縛が、隣国からは、左派勢力が日本を牛耳っている証拠と見られたのではないかと考えられます。

日本は米国に押さえ込まれた安全牌と見られたことが中・韓・北の民族の誇りを取り戻させて自尊心を煽り、反日政策を助長させてきた大きな側面となっているのです。今日の東アジアの不安定な国際状況は、日本の自虐史観が招いた結果であったと考えられます。

ロシアは、日本との北方領土の争いに譲歩する気配さえなく、日本の周辺国は核保有国、極端な反日政策を取る国ばかりです。日本の四面楚歌は、他国から見下されるだけで全く評価されない独りよがりの平和理念を持ち続けなけれなならなかった日本自身が招いた自業自得であったと考えられます。

それにもかかわらず、集団的自衛権の発動は9条の先進性が損なわれて国家の信頼が失われるから憲法違反だと考える人々が現実に存在する日本の将来は本当に前途多難と考えられます。このような無責任、脳天気な主張をどの口がしているのでしょうか。

ロシアと日本には、旧ソ連に不法占拠された「北方四島の領土問題」だけでなく、戦争捕虜の「シベリア抑留死亡者」の問題があります。1945年(昭和20)8月の第二次大戦終了時に、満州(中国東北部)、関東州(遼東半島)、北朝鮮、南樺太、千島列島で敗戦をむかえ、武装解除された旧日本軍将兵や一部の民間人など60万余の日本人が旧ソ連の軍事捕虜として、ソ連領、モンゴル領、ソ連占領地域に強制連行され抑留(4年~11年間)されて、極寒の過酷な条件下で重労働を課せられたことで6万人以上の死者を出した国際問題です。

極寒の地で粗末な収容所に押し込まれ、満足な食事や休養を与えられず、過酷な重労働を強要されたことで多くの抑留者が死亡しましたが、ソ連は日本の敗戦処理を定めたポツダム宣言が、武装解除した日本兵を家庭に復帰させることを保証したことを無視して、強制連行して過酷な重労働を強要する不法なものであったことから、日本政府は重大な外交問題にするべきでしたが、穏やかな仕立ての対応しかできなかったことで、未だに多数の死者の認定ができていないことから、政府保証の対象者と認定されていません。

ソ連(ロシア)が厚生労働省に示したシベリア抑留中の死者の資料では、「①旧ソ連地域に抑留された者(約575,000人、うちモンゴル抑留者14,000人)」「②現在までに帰還した者(約473,000人、うちモンゴル抑留者12,000人)」「③死亡と認められる者55,000人、うちモンゴル抑留者2,000人)」「④病弱のため、入ソ後、旧満州、北朝鮮に送られた者等(約47,000人)となっていますが、この数字には実数は明らかにする意思がないように考えられます。

旧ソ連軍は、日本兵を人道的な扱いをしていなかったことが明らかであり、死者の身元が分かるような措置は取っていなかったと考えられます。このようなゆるい外交しかできなかったことが日本外交の実態です。どうにでもなる交渉相手と見られ、適当にあしらわれてきたのではないかと考えられます。これが日本外交の実態です。

旧ソ連は、日露戦争の敗戦から、中国大陸の大部分を占領する日本軍の軍事力を恐れ「日ソ不可侵条約」を締結していました。ところが、日米間の太平洋戦争で日本の敗戦が色濃くなると、満州を拠点にする巨大な軍事力を持つ日本関東軍が徐々に太平洋の戦場に投入されて手薄となったことで、好機と見たソ連は突如として条約を破棄して終戦(昭和20年8月15日)間近の昭和20年8月9日に参戦し、日本占領地に大軍を侵攻させて戦争を仕掛けてきたのです。これによって日本軍は中国大陸から撤退を余儀なくされたのですが、このとき取り残された民間人の多数がソ連軍の強奪や強姦を受けて多くの被害者を出しました。

戦争被害の無残さは敗者の民間人が甚大な被害を蒙ることです。ロシア人の民族性がモロだしです。 他国の侵害を受けても国家の緊急事態の対応が即座にできない国、国民の緊急避難にも即座に対応できない国、他国の攻撃や侵略を受ける緊急時でさえ憲法違反にならないかどうかをよくよく考えてからでなければ反撃できない国、このようにのろまで無責任な国家の存在価値は全くありません。

安全保障は国家の第一の義務です。国家が崩壊して日本人のアイデンティティを喪失してから、医療や健康などの社会保障制度や、経済の安定と発展、国民生活の安定や向上を望んでも遅すぎるという反省が必要だと考えられます。 国内の諸制度はやり直しができますが、国家の崩壊はすべてを失うことを意味しています。国内事情の特殊性にやる気を喪失して、安全保障のあるべき姿を決めようとしなかった、何も変えられなかった無能な歴代内閣と与党議員の政治責任です。もし、安全保障制度を放棄し続けて、再び日本が他国から占領されれることがあれば、日本人はアイデンティティーを喪失して立ち上がれなくなる危険性があると考えられます。

このような情けない政治状況の中から、積極的な平和主義を掲げて、安全保障を避けられない政治課題とする立ち位置を明らかにした安倍首相が出現したことは奇跡とも考えられる出来事でした。 安全保障の放棄は、日本が憲法9条の縛りで完全に無力化したこと、米国の保護国となり国際的な影響力を喪失してきたことが周辺国の侮りを招いて軽く見られたことで、現実性が高い迫りくる新たな脅威を作ってしまいました。利害関係を異にする周辺国家には、簡単に付け入る隙を与えてはならないことが外交の鉄則と考えられます。軽く見られた立場でありながら、その相手国にに平和的な話し合いや交渉を呼びかけても相手にされるはずがありません。

平和憲法の実態は、日本が国家の必要不可欠な安全保障を放棄させられ、70年も改正できない自縄自縛に陥ったこと、その情けない無気力さが周辺国の侮りを招いたこと、他国から全く相手にされない独りよがりの独善的な平和理念を持ち続けたことなどを考えると、日本人の精神を縛り付けて無力化する非現実的な憲法であったと考えられます。

この憲法が日本の安全保障を縛り付け足枷を嵌めたメリットは何もなく、取り返しがつかないデメリットばかりであったと考えられます。9条=安全保障の放棄=平和の図式は国益の死活問題が表面化する外交問題ではありえない概念です。 戦争や軍事力を賛美する人はいないと考えられます。悲惨でしかない核の存在などとんでもない、と考えることは偽りのない人間の正直な感情だと考えられます。しかし、戦争と平和は、あざなえる縄のごとく表裏一体の運命にあったことを歴史事実から学ばなければなりません。国家の歴史は民族の歴史でもあります。安全保障を怠った国は平和を享受することができませんでした。

平和を維持できた国家には、まぎれもなく国家の威信を支える安全保障政策が機能して、安定した存在感を示してきました。国家の平和や安全を侵害しようとする勢力を威圧できる実力を持った国家のみが発言力を認められ、外交力を受け入れられてきたのです。安全保障のない国家の口先の言葉には、対立する国家の外交姿勢を変えさせる外交力がありません。ことばや平和理念が機能して、国家間の国益や欲望(エゴ)を変えさせた歴史は何処にもありません。 日本の地政学上の立ち位置は微妙で危険性が高いと考えられます。

日本の隣国には、平和国家が存在していません。日本は、国境を接する隣国の中国、韓国、北朝鮮、ロシアと領土問題や拉致問題、核問題などの緊急な外交問題を抱え込み、解決方法が全く見えない相克関係のど真ん中に位置しています。日本の安全保障の欠落が見透かされて、隣国の強欲を煽ってきたこと、日本にはどんな態度を取っても安心だという傲慢さを許してきた弱腰外交がなめられてきたことなどが外交問題をこじらせてきた諸悪の根源であったと考えられます。

日本が安全保障の自助努力を放棄しているから、今後も平和が維持できるという戯論を信じる人は歴史認識が欠落した本物の平和ボケとしか考えられません。日本に平和憲法があるから、戦争に巻き込まれることがなく安心だと考える人がいることは???と考えられます。どこで、どのような教育を受ければ、このような人々が育つのでしょうか。

自国の安全保障の装置を放棄して、単純に核や軍事力を否定することが平和論だと信じる人々は、???と考えられます。 この隔絶した平和観や世界観の立ち位置の違いはどこから来るのでしょうか。日本の平和憲法擁護論者の平和の根拠は一体なんなんでしょうか?このような非現実的な空想の世界観をあてにして現実社会の平和と安全が実現できるわけがない、という現実的な批判をどのように受け止めているのでしょうか。安全保障の批判ばかりして、安全な平和の国家観を示さないのはなぜでしょうか?いまが安全で平和な国家だと本気で信じているのでしょうか。

現憲法は「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という平和理念を表明して第9条を条文化していますが、これは欧米諸国の国家基本法にはない理念です。GHQがこの理念を強要したのは、日本の再軍備を禁じて米国の保護下に置き、監視する為でした。欧米の歴史観から見れば、この条文は滅びの笛でしかないと考えられます。

日本の周辺国、中国・ロシア・韓国・北朝鮮は、日本が非現実的な平和理念をGHQに強引に押し切られたことで、勝者が敗者に対する制裁だと捉えました。米国の監視下に置かれた日本は再軍備の道を完全に塞がれたと受け取り、これが戦後の国際秩序であると捉えました。この認識が、日本の外交力の無力化を決定づけたと考えられます。戦勝国でない韓国、北朝鮮がこれに悪乗りし、様々な挑発を繰り返しました。竹島問題も拉致問題もここから発生した外交問題です。 隣国の侮りを真正面から受けても何らの実力を伴う対応ができないことを見透かして、小出しに反応を見る挑発を試みてから日本の無力化を確認したと考えられます。

日本の軍事力が無力化されたことで、これらの諸国は安心して、日本との外交攻勢に余裕を持つことができました。平和憲法擁護論者はこのような危機意識が完全に欠落した人々の空想論だと考えられます。日本の有るべき姿は、安全保障の環境整備を整えてから平和主義を世界に向けて発信し続けるべきでした。この方が発信力に影響力があったと考えられます。

急迫な侵害を目の前にして、あわてて安全保障の必要性を求めてもどうにもなりません。これは単なる仮説に過ぎませんが、安全保障の整備には計画的な投資と技術革新、そして継続的な訓練と戦略・戦術の開発能力、何よりも人員の確保が難しい問題と考えられます。仮に志願制(徴兵制は不可能)を可能にするとしてもその実現には、志願者に特別の褒賞を付与する国家的な保証制度が必要です。何から手を付けても時間と経費が必要です。世界の軍事技術の競争から脱落すれば復活は不可能です。

軍事技術の開発と育成には国家的な支援がなければ、脱落するほかないのです。数十年単位の忍耐力が必要です。安全保障は、できることから手を付けて、コツコツと継続的に準備して初めて達成できるものです。できるだけ早く準備することが、国家の負担を軽くし、手遅れにならない賢明な方法だと考えられます。

日本が集団的自衛権を所持することを反対する外国は伝統的な反日政策を国是とする中国と韓国の2国だけです。その他の諸外国は日本の安倍内閣の積極的な平和外交を支持しています。日本が集団的自衛権を主張することで憲法の精神を失い世界の信頼を失うという主張がありますが、この主張には何らの根拠がなく、世界の安全保障の伝統的な価値観の認識が欠落した赤点の主張に過ぎません。どこでどのような教育を受ければこのような結論が出せるのかという疑問が残ります。

新聞・テレビの報道機関には、信じられない数の在日朝鮮人学校出身の記者がいて、日常的に反日記事を書いていると聞きます。真偽のほどは定かではありませんが、世論形成に影響を与える報道記者に反日思想を持つ外国人を採用したり、自由に反日報道を許す新聞・テレビの報道姿勢には問題があると考えられます。根拠や証拠を示さず、日常的に国益を毀損する報道機関には適切な批判が必要であると考えられます。