(44)-1大乗非仏説について①(南伝と北伝の抗争)

釈迦滅後(紀元前5世紀頃)から200後頃から始まった仏教教団の分裂が進み、500年後頃、上座部(小乗教・北伝仏教)と大衆部(大乗教・南伝仏教)に分裂しました。この頃から、上座部仏教から大乗仏教に対する批判がありました。いわゆる「大乗非仏説」というものです。
この分裂は「戒律」に関する見解の相違が飽和状態になり大分裂したものですが、「釈迦仏教の受け止め方や考え方」の違いによるものでした。
小乗教はパリー語の教典とともに東南アジア(南伝仏教)へ伝播され、大乗仏教はサンスクリット語の教典とともに東アジア(北伝仏教)に伝播され中国経由で日本にもたらされました。

終戦後のことです。東南アジアの仏教者(僧侶)が日本の仏教を指して「それは仏教ではない。仏教とはいえない。」と評価し日本の仏教者に衝撃を与えた事実がありました。
この評価は、東南アジアの仏教から見たありのままのものですが、教典の違いだけでなく、教団の在り方、戒律の実践、行事(法事)その他の万般にわたり、南伝仏教と驚愕するほど隔絶していることによるものでした。

江戸中期にも大阪の町人であった富永仲基が『出定後語』(1745年)を書いて大乗非仏説を唱えています。その要旨は「大乗仏教は釈尊が直接に説いたお経ではない」とするものでした。
仲基は、大阪の町人たちが共同出資して作った庶民教育の学校「懐徳堂」で学びました。ここでは権力や権威者の縛りのない学び方ができたことから、経典を読み比べているうちに相互に食い違いと矛盾する内容があることに疑問を持ち自分なりにその原因を探求した結果、初期の経典は素朴なものであったが後世に次第に書き加えられて増補されたからだと推論したのです。
仲基説の影響を受けた国学者の平田篤胤が『出定笑語』を書いて仏教を揶揄して否定したことから仏教関係者を大いに悩ませました。

また、維新後の明治初期には、大乗非仏説に便乗した国学者の勢力が極端な「廃仏毀釈」の政策を強行させて多数の仏教文化遺産を破却させました。天皇の権威を利用した国家神道の時流を形成し、これに便乗して力ずくで仏教を抑え込むという奇跡が生まれたのです。

小乗教(上座部仏教)と大乗仏教(大衆部仏教)との根本的な考え方の相違点は、「釈尊と仏陀(ブッダ)をどのように捉えるか」ということにあります。
小乗教では、「仏陀」は釈尊(釈迦)そのものであり、仏教とは釈尊の教えそのものである」と捉えますが、大乗仏教では「仏陀を超越的な存在と捉え、釈尊はブッダの化身と見る」解釈をします。
大乗仏教の考えでは「釈尊はこの世に現われた存在と捉え、仏教は普遍的な真理そのもの」と考えます。
この考えからは、釈尊と同じように真理を伝えるために現われる仏が他にたくさん存在しても良い、という考えになります。
しかし、南伝仏教の伝わった諸国の小乗仏教がこのような教判や教理を認めるわけがありません。これでは上座部が認めない教理・教判を勝手に評価して小乗教を見下げていることになります。
これは公平な評価とは言えませんが、2000年以上も続いた大乗の教判や教理が今更変わるわけがありません。

大乗仏教の殆どの経典が「如是我聞」で始まる形式をとる理由の第一は、(事実は大乗の諸菩薩が書いた)大乗経典は釈迦が説いた内容を直接に聞いて書き残したという仏説の形式をとるためでした。日本の仏教者は大乗経典は釈迦が書いたものとすることを大前提として仏教を学んできたのです。

上座部仏教との比較では、興味深い事実があります。上座部仏教では、信仰の対象となるのは「釈迦」とその仏舎利をおさめる「ストーパ(仏塔)」に限られます。
大乗仏教の日本で信仰されている諸仏、諸菩薩などは信仰の対象とはされません。
また、頭髪を蓄える僧侶(浄土真宗など)は皆無で、所依の経典は阿含経典のみです。
寺の建築様式は日本式建造物と全く異なり、本堂の荘厳の仕方や儀式などの通過儀礼も全く異なります。
同根の仏教であり、さまざまな共通項があるといっても客観的にはなかなか理解できる状況ではないといえます。

上座仏教(テラワーダ仏教)は、生まれ故郷の南アジア周辺を限界として広まりましたが、ついに世界宗教に成長することがありませんでした。インドと同様な社会構造を持つ地域から出ることができなかったという特徴があります。インド仏教とこれを継承するチベット仏教は、輪廻転生を前提とする仏教観を濃厚に持つ共通性を持っていますが、自然に関する関心をほとんど持つことがありませんでした。救済の対象は輪廻転生する動物だけであり、植物や鉱物は救済の対象には含まれませんでした。

チベット密教は、インド大乗仏教の厳然たる正統な後継者であり、13世紀に花開いた最新の後期密教のエースですが、「山川草木悉皆成仏」の思想を持ちませんでした。これが、中央アジア、中国を経由して発展した日本の中期密教との違いの一つです。ダライラマ14世は、定期的に高野山に行かれて数々の講演を続けておられますが、高野山真言宗・松長有慶管長猊下の影響を受けられて3年ほど前から「草も木も全部成仏するのだ」と発言されるようになり、伝統的な解釈を変えられました。救済の対象が有情界だけではなく、非情界をも対象にする思想を受け入れたものと考えられます。

この事実は、「山川草木悉皆成仏」の思想は、中央アジアの大乗の菩薩が編纂した大乗経典の中で育まれた思想であり、中国仏教が受け入れた思想であることが分かります。

テラワーダ仏教(上座仏教=小乗仏教)は、原始仏教の継承者の立場をとることで、社会的活動に関わらない僧院生活を基本的な生活態度としてきましたが、近年では、さすがに社会との関わりを避けてばかりもいられなくなり、タイではエイズ患者の救済に係わり、スリランカでも社会との係わりに変化が見られるようになりました。

仏教は「成仏(悟り)」を目指す宗教です。上座仏教は成仏を目指しながら成仏を特別なものと捉え、それは不可能だから、せめて煩悩だけは断じて「阿羅漢」を目指そうと考えました。小乗教の最高の悟りは阿羅漢です。
これに対し、大乗仏教はすべての人々が成仏できる可能性があると主張しましたが、実際にはこの世での成仏は容易ではないとし、菩薩道を展開して成仏の可能性を示したもののその具体的な方法を明らかにできず「三劫成仏」を示すのみでした。

法華経が即身成仏の思想を持っているという主張がありますが、法華経のどこに成仏に至るプロセスが具体的に記述されているのか全く分かりません。法華経は、その解釈論の一念三千が法数(十如是、十界、十界互呉、百界千如、三世間など)を上げて心の世界を語ろうとしていますが、抽象的な可能性に言及しているだけとしか考えられません。

こうした成仏へのあこがれ、願いの中で8世紀に純粋密教が登場し、速やかにこの身のまま即身成仏できるという思想を展開しました。
空海は『即身成仏義』を著し、その理論と実践を語っています。

南伝の上座部仏教からみれば、日蓮宗の「題目を中心とする修行」や浄土宗・浄土真宗の「他力本願の思想」などは偏った安易な修行法と見做され、伝統的な仏道修行の立場からみれば受け入れがたく到底仏教とは認められないことは自明の理といえます。

このような違いをあげれば、釈迦の直弟子を自認するプライドの高い上座部仏教から「大乗非仏説」がでてくるのは仕方が無いことのように考えられます。このうえ、仏道修行の在り方まで全く異なるわけですから、あたかも「非仏教」ではないかと見られる傾向性があります。

鎌倉新仏教は、末法思想を重く受け止めすぎた欠点があります。激動の社会環境下で終末思想を連想した人々の恐れを救済する名分を立てた祖師達が、日本人が持つ情念を大量に刷り込んだことで、伝統的仏教が変質させられ日本人に受け入れ易い宗教観が生まれたものと考えられます。

仏教経典は俗に八万四千といわれますが、実はこの教典のすべてをブッダ(釈迦)が説いたものではありません。東南アジア諸国に伝わった南伝仏教(上座部)の側から「大乗仏教は非仏説」との批判があります。この批判は、ブッダが説いた真説の経は「阿含経典」だけであり、「ダンマパダ(法句教)」や「スッタニパータ(経集)」だけだと考えている立場のものです。

しかし、釈迦が直接に文字にして残した経典はどこにもありません。しからば、阿含経の全体がそのまま「釈迦の教え」といえるのでしょうか。これは強く否定できます。
阿含経も釈迦の「金口の説法」が数百年もの間、口承により伝来された過程で釈迦の教え以外のものが少なからず混入していることは否定できない、と考えられています。
南伝の小乗(上座)仏教もまた非仏説なのです。

仏典の正当性を歴史的な事実から求めることは不可能といえます。仏典の真実性は上座仏教でも大乗仏教でも真偽を判定する方法がありません。仏典がもつ真理観やその精神を判断するしか方法がありません。
このような中で、一つの仏典だけを金科玉条として受け入れ、他の経典を排除する姿勢(特に法華経信者にみられる)は、教条性にまみれたカルト行為であり釈迦の精神に反するものだと考えられます。

そもそも大乗経典のほとんどが、釈迦滅後のインドや中央アジアの諸菩薩、すなわち、釈迦の悟りの精神を追体験するために修行を続けた仏弟子が、釈迦の悟りの世界の精神性の受け取り方を表明するものであったと考えられます。

問題なのは、日本の大乗仏教の系譜にあることを騙る信仰宗教団体が多数出現して様々に大乗仏教の理念(精神性)を捻じ曲げてきたことにあります。
残念なことは、日本の仏教界にはこれらを正そうとする熱意が見られないことです。宗教界には自浄作用が全くないことにあります。これを日本的な寛容の精神とでもいうのでしょうか。