(42)-1禅宗①(禅とは)

禅とは何か。6世紀の中国に突如として現われた教えです。インドに実在したと伝承される「菩提達磨」によって中国にもたらされました。

禅は禅定の省略形です。禅定とは、サンスクリットの瞑想を意味する「ディヤーナ」を漢語で「禅那」と音写し、心身の調整を意味する漢語の「定」を合わせた造語です。
心身の安定をはかり意識を集中して真理を探究する修行方法を「禅定」と表現したのです。

禅について書くことは困難です。禅の中に入って禅を語れば「不立文字」が立ちはだかり、語る内容は禅の心とは言えなくなります。禅宗に伝わる「拈華微笑」には、中国禅がその出生と生い立ちを精一杯の手法で秘密にして隠した世界があります。

釈迦の拈華微笑とは、「我に正法眼蔵、涅槃妙心、実相無想、微妙の法門あり、摩訶迦葉に付属す」というもので、禅宗にまことしやかに伝承されてきた内容ですが、これは、摩訶迦葉が釈迦から禅門の血脈を相承したとする由緒の正しさを主張するための捏造でした。

禅宗は釈迦仏教の嫡流を詐称し、正当な継承者であることを喧伝するために、拈華微笑の故事を創作して釈迦より「以心伝心」により「正法眼蔵」(悟り)を摩訶迦葉が付法されたと主張してきました。 代々の法統を継承して二十八祖の菩提達磨によって中国にもたらされたと牽強付会の論を展開しています。

摩訶迦葉(マハーカッサパ)は、釈迦の十大弟子の一人で頭陀(托鉢)第一といわれ、衣食住の清貧を旨とする修行を行った人物です。禅宗が迦葉を祖師に選んだのは、迦葉が十大弟子の筆頭にあげられたこと、その得意分野が頭陀(托鉢)であったことに起因すると考えられます。

拈華微笑の伝記は、インドの霊鷲山の上で釈迦が黙って華を拈ったところ、多数の弟子は誰一人としてその意味を理解できなかったが、ただ一人摩訶迦葉だけがその意味を理解して破顔微笑したため、迦葉に禅の法門を伝えたという故事を創作することによって伝記が作られたと考えられます。

このことは『大梵天王問仏決疑経』に出典されていると宋の王安石は述べていますが、この経典は拈華微笑の伝説に根拠を与えるために中国で捏造された偽経と評価されています。

釈尊の死の直前に解かれた経典であるパーリ仏典のマハー・パリニッバー・スッタンタ(漢訳『大般涅槃経』と同一内容)によれば、迦葉は釈尊の臨終の場の傍にいなかったこと、遠隔地で修行していたこと、迦葉が知ったのは釈尊の死から7日後のことであったことが分かります。

また、中国の漢訳仏典の二大目録『開元釈教録』や『貞元新定釈教目録』には『大梵天王問仏決疑経』が記載されていないこと、中国への伝来時期や訳者が不明であることから偽経とされています。

チンギスハーンの子孫が統治した中国の元朝で、後期密教を継承するチベット密教と中国禅宗とが仏教の正統性と国教の地位を巡って大論争を引き起こした結果、チベット密教が国教の地位を獲得する事実がありました。

禅宗が「教化別伝」や「不立文字」の教理を作ったそもそもの理由として考えられるのは釈迦のインド仏教に強引に繋げるための意図的な作為だったと考えられます。禅宗は中国産ゆえに老荘思想の匂いを漂わせています。近年でも、敦煌文書の発見と文献学の再評価により、禅宗が仏教としては特異な存在であることが証明されています。

中国で禅宗が生まれた原因の一つに、中国には古来より儒教・道教、老荘思想などが定着し、調気法の伝統が根付いていたことが挙げられます。 中国社会にこれを必要とする時代背景があったと考えられます。

禅宗を中国に伝えた達磨が摩訶迦葉の血脈を代々継承してきたことを信じる者は他宗門の学匠の中にはいません。                                                       また、釈迦の本流を自認するプライドの高い上座部仏教の諸部派の学匠が、このような禅宗のプロパガンダを認めないのは当然とも考えられます。

禅宗の始祖となった達磨は、禅を四つの教え(四聖句)により表現しました。

①「不立文字」 釈迦の悟りの内容は文字や言葉で表せない。 座禅によって自分が直接体験得るしかない。

②「教化別伝」 教典や教理の束縛を受けず、直接体験によって、 心から心に伝えることが大切である。

③「直指人心」 自分の中に備わっている仏心をまっすぐに見つめること。

④「見性成仏」 自分の心の中に潜んでいる仏性に目覚めれば、悟りが得られる。

禅の教えは言葉や文字に頼ることなく、師と弟子とが直接向き合い「師資相承」という形で受け継がれることが特徴です。                                        師弟の間に深い人格的な関わりを持つことを前提とするものです。

禅宗は中国で作られた中国産仏教であり、「インドには存在しない仏教」であるという批判がありますが、禅宗が日本に移植され、新たな日本文化を創造、形成してきたことは大きな貢献であったと評価することができます。

インド仏教の修行の基盤の一つに「禅定」があります。 この禅定は、調気法(調息・調身・調心を整える)で意識を集中して瞑想する修行法で、宗派を問わず僧侶なら誰でも体験する基本的な修行法の一つです。 但し、禅宗の禅と他宗の禅定はその瞑想法が根本的に異なるものです。個人の素質や能力によって、その覚知の内容に大きな格差がでることは避けられません。

禅僧が座禅によって得る悟り(開悟)は客観性の視点から認知できる内容ではありません。自己という実体を否定し、存在(有)そのものに個性を認めない立場の禅の悟りの内容が本物かどうかの見極めは困難で、その悟りの内容は個人の能力とパーソナリティに覆われています。これには小乗教的要素が強すぎるのではないかという批判と疑問視があるところから、悟りを社会に還元する大乗的要素を積極的にアピールする必要がありそうです。個人的な悟りは自己満足の世界に過ぎません。

 

 

 

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