(38)-2韓国のファビョン史観②(歴史観の捏造)

韓国は1950年6月25日~1953年7月27日まで北朝鮮との間で朝鮮半島の主権の奪い合いから朝鮮戦争が勃発しましたが、中国・北朝鮮軍と国連軍(米国)との間で停戦協定が結ばれたことで終結しましたが、停戦協定には韓国の署名がありませんでした。このことから、北朝鮮と韓国の間には停戦調停がなく、実際には現在も戦時下にあると考えられています。

1948年に建国した韓国の初代~第3代の大統領となった李承晩は、日本統治時代を容認したり評価する態度をとった者や懐かしむ者を徹底的に締め上げる政策を実行したので、その投獄者数は日本統治時代の約30年間の投獄者数を超えましたが、これに徹底的に拷問を加えて処刑を行いました。李承晩は、李氏朝鮮の李氏の系譜を引く者で、日本に対する復讐心を抱き続けて米国に亡命していましたが、戦後帰国して政治活動に身を投じて政権を掌握した人物です。極端な自己顕示欲に取りつかれた人物で、頑強な反共思想の持ち主でしたが、大統領の地位に留まり続ける謀略をしたことで排斥を受け、亡命先のハワイで死去しました。韓国の教科書には「建国の父」という評価と「民衆を恐怖に追いやった独裁者」という評価の二面性が記述されているということです。

1948年1月、李承晩は国際法を無視して、突然、一方的に「李承晩ライン」を敷設して漁業管轄権をしました。このとき、意図的に韓国側のライン内に「竹島」を囲い込み、監視隊を設置しました。竹島に近ずいた日本の海上保安庁の巡視船が射撃を受けたことによって、以後、韓国の不法占拠が開始されました。拿捕された漁船は232隻、拿捕者された漁民2791名(3929人とする説もある)は環境劣悪の留置所に詰め込まれ抑留生活は悲惨を極めました。殺害された漁民が数十人いましたが、米軍の軍政下にあった日本政府には取り戻すだけの軍事力を派遣することができず、今日まで韓国の不法占拠が続いています。

しかし、このときの日本政府や与党議員には、たかだか小さな島の漁業権の争いではないかという過小評価の認識しかなかったのではないかという疑いがもたれています。それゆえ、穏便な解決策を望み、漁民に対する漁業補償をすることで幕引きを図ったのではないかという疑いがあります。政府や与党政治家には、今日の領土問題に発展するという基本認識が欠けていたのではないかと考えられますが、外交権が米軍に掌握されていた時代の事であったことから、十分な対応が取れる政治状況ではなかったことは事実であると考えられます。

韓国は、「竹島」を「独島」と改称して、韓国領であることを宣言し、不思議なことに「竹島」に異常な執着心を持ち、韓国領とする内容をわざわざ教科書に記載させて、国民や小中高生に徹底的に刷り込み、竹島を韓国領とする特別授業を必修化しましたが、あざとく、わざとらしい刷り込み教育と考えられます。韓国は竹島の特別授業を通じて、日本に対する異常な対抗心を持たせる反日教育を徹底させ、敵愾心を煽ってきました。将来に回復できない禍根を残す穢いやり方です。韓国政府の後ろめたさと恐怖心が、自国民に対する刷り込み教育の徹底化に現れていると考えられますが、とても醜い現象であると考えられます。

さらに韓国は、自国文化や伝統の捏造の歴史を学ばせる教育システムを作り、韓民族(?)の優越感を植え付けてきたことから、韓国人は本当の韓国の歴史を知りません。今日では、捏造の歴史教育を受けた韓国人は他民族を見下す優越感を持つようになったことで、韓国民との間にはまともな友好関係が築けない悲惨な状態にまでなっています。韓国人の歴史認識は捏造されたもので、日本人だけでなく、中国人でさえ驚くほどに増長しています。外国に行った韓国人は、本当の韓国を知る経験をすることで、大きなカルチャー・ショックを受けて愛国心を失う人々が続出しています。

李承晩が失脚した後の大統領・朴正熙(韓国初の女性大統領・朴槿恵の父)は、同じく独裁体制を築きましたが、朝鮮史が事大主義をとっていること、属国の歴史を自覚したことで、『国家・民族・私』という自著本を書き次のように述べています。

「我が万年の歴史は、一言でいって退嬰と粗雑と沈滞の連鎖史であった。」「姑息、怠惰、安逸、日和見主義に示される小児病的な封建社会の一つの縮図に過ぎない。」「我が民族史を考察してみると情けないというほかない」「われわれが真に一大民族の中興を期するなら、まずどんなことがあっても、この歴史を改新しなければならない。このあらゆる悪の倉庫のようなわが歴史は、むしろ燃やしてしかるべきである」

また、『韓民族の進むべき道』では、李氏朝鮮について次のように述べています。
「四色党争、事大主義、両班の安易な無事主義の生活態度によって、後世の子孫まで悪影響を及ぼした、民族的犯罪史である」「今日のわれわれの生活が辛く困難に満ちているのは、さながら李朝史(韓国史)の悪遺産そのものである」「今日の若い世代は、既成世代とともに先祖たちの足跡を恨めしい眼で振り返り、軽蔑と憤怒をあわせて感じるのである」
さらに、同書には、韓国人の「自立精神の欠如」「民族愛の欠如」「開拓精神の欠如」「退廃した国民道徳」を批判して、民族の悪い遺産に次の問題を挙げています。
「事大主義」「怠惰と不労働所得概念」「開拓精神の欠如」「企業心の不足」「悪性利己主義」「名誉観念の欠如」「健全な批判精神の欠如」、この様な問題を払拭するために独裁(維新)体制を確立すること。「国籍ある教育」のために歴史教育の目的を「民族の中興の使命を達成するための主体的民族主観」を掲げたのです。

しかし、歴史の事実はなかったことにすることはできません。また、歴史にない事実をあったことにはできません。事実を否定することも、存在しない事実を作ることも不可能です。嘘を百篇唱えても事実にはできません。否定を百回繰り返しても事実は消すことができません。
いま、韓国政府が国家的規模で、無かった事実をあるといい、あった事実をなかったとするファビョン史観で韓国の歴史を再構成して韓民族優位の歴史観に作り直していることは非難を受けるべき恥ずかしい行為です。

韓国という国名も、南朝鮮の民族を韓民族としたことも、意図的に民族の歴史事実を捏造する行為であると考えられます。
民族の7割強が北方の諸地域から南下してきたツングース系エベンキ族(ワイ族)等の北方民族の文化と遺伝子を受け継ぐ人種でありながら、滅ぼされた三韓の韓人(中国からの帰化人、しかも全体から見れば少数の支配層を形成した民族、新羅の支配層を形成)の歴史を僭称することは、民族の歴史事実を作り変え様とする行為と言わなければなりません。

現在の朝鮮民族は、高麗と李氏朝鮮の治下で形成された北方系諸民族を主体とする多民族によって形成された混血民族と考えることは実態を反映したものだと考えます。
韓国の歴史教育で唱えている単一民族説は嘘と虚構にまみれています。韓は中国系移民の遺伝子を持つ民族です。38度線で南北に分断された南朝鮮が新たに建国した国家を大韓民国という国名にしましたが、民族的な観点から韓民族を名乗る適格性があるかどうか疑問です。現在の韓国民の遺伝子の全体像を明らかにするべきだと考えます。朝鮮半島を韓半島に改称し、民族名を韓民族と名乗ることはファビョンの典型的な歴史観の表れと考えられます。

古代の朝鮮半島の北部地域は、満州系の諸民族や狩猟民族である北方系諸民族が興亡を繰り返した地域です。騎馬と弓(短弓)で武装した戦闘力が高い武力集団であったことから侵略と掠奪にその特性があることが知られています。
高句麗の建国と巨大化によって、支配下の北方系諸民族が南下を始めましたが、これに圧迫を受けた半島南部の三韓の諸民族が対馬海峡と九州北部を領域とする倭国を建国したと考えられます。
三韓は中国の亡国の民(呉、越、楚)とや海人(海の民)が建国した古代国家です。朝鮮南部の古代韓民族とは、戦乱によって中国江南地方から山東半島を経由して移住してきた「倭族」であり、また、第二波が、「韓人」としてのアイデンティティーを確立した先着民と区別された「倭人」です。三韓は馬韓、弁韓、辰韓という地域に分けられていましたが、これらの国々は諸民族が雑居した地域です。遅れてきた倭人は韓人の少ない弁韓(伽耶)に集中しましたが、伽耶は鉄の一大生産地であったことから新羅、百済の争奪地なり、新羅に組み込まれました。現在の朝鮮民族の大半は後代の統一新羅、高麗時代に南下してきた北方系諸民族の子孫と考えられます。

三韓と三国は区別が必要です。韓流映画の時代劇では百済、新羅、高句麗の三国を三韓と捏造しています。高句麗は北方の系扶余民族が建国した国家であり、百済の王族は高句麗の王族の分流です。新羅の王族は、第一期の王族は韓族の朴氏、第二期の王族は倭人の昔氏、第三期(統一新羅)の王族が金氏です。新羅の王族は禅定により王権交替が行われましたが、新羅の大半の民は北方系ツングース穢族です。現在の朝鮮民族の7~8割がこの穢族を祖形にすると考えられています。

統一新羅、高麗、李氏朝鮮の時代を通じて朝鮮半島は統一されて安定化に向かい、現在の朝鮮民族が固定化されたと考えられていますが、この三王朝の王の出自は現在の中国東北部にあります。朝鮮王朝は中国、元(モンゴル族)、金(女真族)清(満州族)の完全な属国であり、王、王妃、世子でさえ宗主国(中国王権)の承認がなければ身分保障されない過酷なもので、外交問題は宗主国の承認が必要でした。朝鮮民族に強く残る「恨」の負の文化はこのような境涯から生まれたものです。朝鮮民族は中国から常に虐げられてきた民族です。

三韓や三国の王族や貴族層は朝鮮民族の祖形を形成した諸部族によって徹底した殲滅を受け、文化は破壊されて消滅しています。これらの庶民の殆どが奴婢や奴隷となり生存の危機に直面しています。かろうじて女性だけが生存の可能性を持ったのではないかと考えられる朝鮮半島の実態です。狭い半島に異なる多民族が犇めいたことで、勝者側の民族である朝鮮民族の祖形となる諸部族が敗者の民族を掠奪して再起不能にし、復讐の機会を与えないために徹底して殲滅したのではないかと考えられ、敗者の諸民族は日本列島に追いやられたと考えられています。多民族が興亡した朝鮮半島の人々は民族の違いから、疑い深く、協調性が低く、団結力に欠ける民族性を持っています。

新羅も百済も高句麗もすでに文化は破壊され、王族は殲滅され、民は奴婢にされて、朝鮮半島に遺伝子を残せないことから、すでに滅亡した民族と考えられます。運よく逃れ生き残った人々の大半が日本列島に逃れたと考えられています。

中国の戦乱から逃れた人々が朝鮮半島に逃れ、朝鮮半島の戦乱から逃れた人々は日本列島に逃れて生存の道を選択したのではないかと考えられます。
常に勝者側に寄り添った民族だけが生き延びられた事実、敗者は滅ぶ運命に晒されてきた事実、これが悲惨な古代朝鮮半島の民族の興亡の歴史事実です。

韓国と北朝鮮は朝鮮民族の共通の祖の起源を「檀君朝鮮」という神話を根拠にしています。檀君朝鮮は、満州、モンゴル、中国北部、朝鮮半島に至る広大な版図を持つ帝国で、青銅器文化を持つ祭政一致の古朝鮮国家であるとしています。
この説は、13世末頃の高麗時代に小中華思想にかぶれた儒学者によって創出された神話です。文献上の初出は『三国遺事』(1280年)に魏書から引用したといっていますが、『三国志』や『北魏書』など現存する中国・魏書にはこのような記述はありません。
朝鮮民族の劣等感から生まれた神話を基にして、紀元前2333年に朝鮮民族国家が成立したと主張するこの偽造説は、民族意識と愛国心のために南北両国が国家教育に導入した恥ずかしいファビョンの歴史観です。

朴正熙大統領が暗殺された1980年代から「韓国民族優越主義」という不思議な現象が韓国内に肥大化し始めました。
この背景は、韓国の歴史に対するコンプレックスと思い入れ、願望の表れから歴史を読み解く捏造を遠因とするものでしたが、ソウルオリンピック、FIFAワールドカップのスポーツ祭典の成功などに刺激を受けて一気に表面化したものです。

韓国は、1996年のOECD加盟や飛躍的な経済発展(漢江の奇跡=日韓基本条約による日本の資金供与)で自信を付けました。朝鮮戦争で壊滅的な打撃を受け自力では立ち上がることができなかった韓国が短期間で復興を遂げることができたのは、特に日本とアメリカの膨大な経済援助と技術援助のおかげでした。
朴政権の忍耐が、財閥の保護と工業化政策を成し遂げ、輸出志向型工業を育成したこと、初等、中等教育の整備によって教育制度を整えたこと、また、労働組合の抑圧して過剰な運動を抑制したこと、外国への出稼ぎ労働者の外貨獲得なども成功要因の一つです。
国の安定化と発展を経験したことで民族主義にスイッチが入ったものと考えられています。

韓国の教科書は「漢江の奇跡」は韓国の自助努力と説明しています。日本やアメリカの経済援助や資金援助は無かったことになっており、韓国の学生は全く知りません。ゆえに感謝の気持ちは皆無です。
韓国の学校教育、大手新聞、テレビ、書籍では、「日本は韓国の優れた文化を受け入れるだけの文化劣等国」「有史以来、一枚見下げるべき文化的劣等者」「韓半島に比べてみすぼらしくて短い歴史しか持たず、歴史を捏造するしかない日本」などと対日蔑視に基づいた論評が日常的に行われています。
韓国では日本人を「文化的に劣等な猿」と見做すことが常態化しています。ファビョンの歴史観は次々に妄想の連鎖を生み育て、なんと、韓国は5000年の文化を持つ世界一優秀な民族であり、世界の文化は韓国文化の影響を受けて発生したものだとする「韓国優位説」の虚構にのめり込んでいます。

これは外交問題として韓国政府に抗議すべき内容です。霞が関、外務省はいつまで怠慢を続けるつもりでしょうか。これは民間では対応できない問題です。

日本と朝鮮とは663年の白村江の戦い以後は没交渉でした。日本が使節を派遣したのは中国の隋(遣隋使)と唐(遣唐使)です。

鎌倉時代に蒙古(元)襲来がありましたが、日本出兵は元の皇帝に高麗王(皇帝の娘婿)が何度も強く勧めたことで実現した大規模な侵略行為でした。元兵は海戦に不向きであったことから、主戦の戦闘従事者は高麗兵でした。数百、数千艘の艦船を高麗で建造し、数十万の高麗兵が元(蒙古)の先兵となって2度(文永の役、弘安の役)も九州を襲い大きな損害を与えましたが、艦船も高麗兵もそのほとんどを失い、三度目は戦意喪失しました。
高麗は甚大な損失を蒙りましたが、高麗兵の大半がいわゆる農民の徴兵によるものであったところから、農村部の欠員補充には国家規模の農民移植政策が必要であったと考えられます。この膨大な農民移植にエベンキ族を移植したのではないかとも考えられます。
高麗王家の歴代は元朝に王妃の降嫁を仰ぎ続けたので血統的には完全にモンゴル化していました。このモンゴル化は高麗王族の特徴です。

外交関係の行き違いから豊臣秀吉が激怒して朝鮮出兵(2度)しましたが、中国軍の大軍が参戦したことで朝鮮は陥落を免れました。朝鮮では自力で日本軍を退けたと嘘の教育をしていますが、倭寇などという海賊ごときに手を焼くレベルの朝鮮軍に、正規の日本軍を破る力はありません。中国軍の参戦で戦線が膠着状態になり、日本軍は他国での軍需物資の補給が困難となり飢えと寒さとで困窮したのです。中国の手柄です。近年の朝鮮戦争時のアメリカ参戦も同様です。いずれもほぼ壊滅状態にある朝鮮軍は外国軍の手で救助されたのです。

この事実を「韓国の教科書」では次のように述べています。
「倭乱でわれわれが勝利をおさめることができたのは、わが民族が持っていた潜在的力量がすぐれていたためである。つまり、官軍次元のわが国防能力は日本軍に劣っていたが、全国民的次元の国防能力は日本を凌駕した。わが民族は身分の貴賤や男女老若を問わず、文化的な優越感に満たされて自発的な戦闘意識を持っていた。こうした精神力が国防能力に作用して倭軍を撃退させることができる力になった。(中略)そして東アジアの文化的後進国であった日本は、朝鮮から活字、書籍、絵画、陶磁器などの文化財を掠奪し、多くの技術者と学者等を拉致していった。
これとともに、朝鮮の性理学も伝えられ、日本文化の発展に大きな影響を及ぼした。」といっていますが、日本人には陳腐な儒教かぶれが少ないので朝鮮の性理学などというものには興味がなく、解説する気にもなれません。

これは独立後の朝鮮民族が持つ特有のファビョン史観です。朝鮮民族の優秀性を捏造する歴史の改竄に夢中になって、外交問題を引き起こす危険性があると考える智慧がないのです。客観性が重要な教科書にこれだけの妄言を書けるのは民族的精神疾患を持つ朝鮮人だけです。日本政府は外交ルートで正式に抗議するべきです。

明治末期に、日本が中国とロシアの勢力を朝鮮半島から駆逐したことで朝鮮の植民地化と日韓併合がありました。このとき、自国防衛に立ち向かう気力に満ちていたはずの朝鮮民族は抵抗する力も無なくどうしていたのでしょうか。また、韓流時代劇の映画を作って、歴史事実を捏造するのでしょうか。朝鮮人は「是々非々の精神」を学ぶべきだと考えます。
朝鮮民族は日本政府に願い出たことによって、日本人に編入され、学校教育制度が整えられて日本語教育が行われました。結果的には朝鮮の近代化は日本の手で行われましたが、その経済的負担は大変なものでした。日本にとっては日韓併合よりも植民地政策の方がはるかに負担が少なかったのです。日韓併合は誤りでした。
儒教狂いの朝鮮人に両班を解体して近代化を成し遂げる力はありません。朝鮮民族には団結力も外交交渉の智慧もなかったのです。結果論でいえば、朝鮮が近代化の恩恵を受けられたのは、明治政府の日韓併合のおかげだと考えられます。

朝鮮(韓国)の近代化は、まぎれもない日本の植民地政策によって始りました。朝鮮には近代国家に必要な社会基盤の整備が全くない、李氏朝鮮と儒教かぶれの著しい両班が支配する典型的な封建社会でした。いわゆる未開の国家でした。学校教育を日本本土並みに整備して識字率を高め、産業を興して教育したのは日本の特別な配慮によるものでした。朝鮮に投資した国民の血税は天文学的な数値でした。朝鮮の植民地政策から日本が享受した利益は経済的な価値の損得勘定から見れば大赤字ででした。朝鮮のインフラ整備のために投資した巨額の血税が回収でけることなく投資は日本の一方的な慈善事業に終わっています。

一般的な植民地経営では、支配者が一方的に植民地支配を行い、あらゆる利得を奪い尽くすという図式で語られます。朝鮮には奪えるだけの資産がなく、あまりにもみすぼらしい現実的な社会問題を抱える未開の国であったことから、朝鮮の社会基盤の整備から始めなければならなかった日本には全くメリットがない植民地でした。しかし、日本が占領しなければ、欧州列強国やロシアの標的にされて朝鮮が奪い取られることが確実な情勢であったこと、そうなれば日本の国防・安全保障に取り返しのできない大きな支障が出ること、また、当時は植民地を経営しなければ一等国と認められなかったことなどの複雑な事情で始まった植民地政策でしたが、失ったものの方が大きかったと考えられます。

日本と同一のレベルにするために、公立学校を作って義務教育制度を完備し、高校、大学を作り、鉄道網を整備し、地下鉄を作り、道路を整備し、たくさんの橋を作り交通網が整備できたのは日本のおかげでしたが、韓国ではこのような教育はされていません。

敗戦後、日本企業が朝鮮(韓国)に持っていた工場、不動産資産、生産設備は全て朝鮮に無償譲渡しています。これが産業インフラのない朝鮮(韓国)産業の基盤となって行きました。また、数々の日本の財政支援や技術支援によって、あるいは日本の技術のパクリによって、近年の韓国の産業基盤が整備され、経済の飛躍的な発展が可能となったのです。韓国民の努力によって近代産業が発展したというのは全くの嘘です。

第二次世界大戦の戦勝国が行った極東軍事裁判は法的にはその有効性が疑問視されていますが、勝者が敗者を裁く行為を言葉で中止させることは不可能でした。日本の敗戦時の韓国、北朝鮮の立場は戦争の当事国としての資格がありませんでした。両国は36年間日本に併合された日本の一部でしかなかったことは否定できない事実です。いうなれば、朝鮮という国はなかったのです。

韓国は日本国と戦争した当事国ではありません。だから、韓国は連合国によって解放され日本からの独立を許されましたが、その立場は勝者でもなく敗者でもない「第三国」としての立場であり、法的資格のある朝鮮国家や朝鮮人は存在しなかったのです。何らの力もない一部の抵抗勢力が中国に臨時政府を立ち上げ、日本軍に勝利したから戦勝国の一員であるという捏造の義務教育を行い、事実を知らない自国民を洗脳し続けていますが、これが典型的なファビョン史観といわれるものです。

極東軍事裁判は法的根拠を持つ裁判ではなく、勝者が敗者を一方的に裁く目的で、日本国の戦争責任を一方的に非難する裁判でしたが、韓国を植民地支配したことや、日韓併合した事実を裁くものではありません。韓国には靖国神社のA級戦犯の合祀を理由として靖国問題を歴史認識の外交問題にする適格性は全くありません。韓国は自国の歴史事実を隠して捏造の教育で自国民を洗脳し続け、あたかも戦勝国のごとく振る舞っていますが、実体は第三国民でした。終戦後、朝鮮人の集団が暴徒化して数々の暴力団組織を結成して暴れまわったことは、戦勝国民であるとの強い思い込みに刺激を受けたことにあると考えられます。このような混乱期に集団で騒擾を引き起こすことは、朝鮮民族の特徴的な粗暴性といえますが、生来的に所持するファビョン疾患の思考回路が炎上したものと考えられます。