(34)-6創価学会の研究⑥(池田大作の人格)

創価学会の本部職員か上級幹部と思われる人物のネット情報の書き込みデーターに身近で事実関係を見聞した人でないと分からない事柄が数多くありますが、あまりに膨大な量なので、ここから要点のみ転載します。

これによれば、竹島の帰属問題について韓国内でもっとも強硬なデモのを繰り返して日本国旗を毀損して気勢を上げているのはSGI韓国のメンバーである、と言います。
実は、SGI韓国は池田大作の指導や思惑には盲目的に従うことがなく、半ば独立の組織体として行動しているということです。なお、韓国内では、池田大作は朝鮮人と信じられています。

池田大作は中国や韓国を日本文化の恩人と位置づけ、韓国に謝っても謝りきれない大罪を犯したと創価学会員に繰り返し繰り返し指導して洗脳しました。
これらの内容を創価学会の聖教新聞や機関紙に、また、創価学会の支配下にある雑誌や業界紙を使って日本及び日本人の悪行を指弾しましたが、日本人ならこのような品性のない文章は書きません。日本人なら、もっと違った視点で懺悔反省する表現方法をとります。

歴史の事実関係に造詣がある創価学会員はどのような思いでこの文章を読んだのでしょうか。戦争や侵略を反省する日本人でもこの文書には不快感を感じるはずです。日本人の創価学会員はここまで従順な下僕になりきっているのでしょうか。

創価学会の思考と韓民族の思考方法には共通性が見られます。いわゆる「誇大妄想」「価値観を曲げてでも世界の中心に座ろうとする気質」「事実を曲げて捏造すること」「自分だけ正しく他はまちがっていると考える習性」などです。創価学会が唯一正統な仏意仏勅の仏教教団だと天に唾する妄想を世間にアピールすることです。このような異様な思想を無垢な会員に刷り込んできたことです。

最近の創価学会は、初代会長牧口常三郎や二代会長戸田城聖(両人とも教員免許所持者)と三代池田大作の(民族性と)思考形態が全く違うことで異質な変貌を遂げてています。創価学会の思考形態と韓国の歴史認識の思考形態は殆ど同じパターンです。

日連正宗は「日蓮本仏論」という異端の思想を持つところから、釈迦仏教、大乗仏教の精神を逸脱しましたが、池田創価学会は、50年以上もファビョンの思考回路を埋め込まれて完全に感染症になり「池田本仏論」を唱えるまでに変貌しました。たった一人の池田大作に、いいようにされて変質させられた創価学会はまともな存在といるのでしょうか。

創価学会の異様な教義「日蓮本仏論」「池田大作本仏論」のいずれも諸外国に認知されることはありえません。このような教義を布教することは不可能です。
各国の布教活動の実態が判明すれば宗教法人の認可が取れなくなります。また、信者の自我の目覚めとともに教義が否定される運命をたどることになります。

池田大作のカリスマ性は、なじみのない諸外国の創価学会員には通用しないようです。日本国内の会員に対するカリスマ性は意識的に計算ずくで作られ、学会本部職員、地方幹部、聖教新聞、大百蓮華などの機関紙をフルに活用して末端の会員をマインドコントロールして池田の指導者としての資質性と虚像を繰り返し繰り返して刷り込んだといわれています。

池田大作の品格がよくわかる「著作疑惑」などについてネット情報を紹介します。一人の人間が、これほどまでに膨大な著作集を書けるはずがありません。池田のそれはまるでスーパーマンの著作活動といえる数量です。
彼の経歴からみれば、これほどの著作集の山が築けるほどに稀有な才能の持ち主とは到底思えません。しかも、これらの著作集は創価学会員が喜んで買い、各種会合で宣伝してくれるので売れ行きの心配がないものです。

実は池田は「ゴーストライタ軍団」(いわゆる特別書籍)を持っています。特別書籍は会長室の上階に置かれましたが、その役割は池田大作の著作や講演原稿を代作させる事を目的とするものです。
責任者は原島崇(教学部長・脱会)で、その下に上田雅一(慶大卒・副会長)、桐村泰次(東大卒・副会長)、野崎勲(京大卒・副会長)、石黒東洋(東工大卒)、細谷昭(一橋大卒・副会長)等で編成されていました。
学会の月刊誌「潮」「第三文明」に掲載する著名な文化人や各界の学者との対談などは全てこのゴーストライターが行ったものであり、池田大作は相手と会って食事や雑談をして写真を撮るだけであったといいます。
このゴーストライターはメンバーの入れ替えをしながら現在も継続している(池田大作の著書が相変わらず頻繁に出回っている)ことは疑いないことです。

学会本部内では池田大作が書いた書籍は一冊もない(詩集が一冊あるという説もある)といわれ、わずかに聖教新聞の寸鉄を書いただけであるといわれています。
会長指導の講演原稿もすべてゴーストライターが書いたもので池田は内容が分かっていなかったと考えられています。池田を「師弟不二」の伝説の人に祭り上げ、会長の地位を不動のものにした「小説・人間革命」は篠原善太郎(東大卒)が書いたものでした。

この「小説・人間革命」は池田大作をカリスマに作り上げた小説ですが、あたかも事実であったかのように聖教新聞に連載され、池田の指導者の資質を捏造して会長の地位を不動のものにする大きな貢献をしました。

池田大作の膨大な書籍の代作、数百もの名誉博士、名誉教授の称号を金で買う行為は、池田大作のカリスマ性を意図的に作り名誉欲を満たそうとするもので、創価学会員や世間を騙す行為にほかなりません。池田の名誉欲は、かくまでに醜く虚飾に満ちたものであることを世間に知らしめる愚かな行為であったといわなければなりません。
しかも、創価学会員の浄財(財務、広布基金)をこれに使用するなどは言語道断です。創価学会員の浄財は、池田がその使途をどうにでも決められる権限を持っていると考えられます。

特に、池田の異常性がいかんなく発揮されたのは、日本各地の研修道場(創価文化会館など)に池田の専用施設として超豪華なラブホテルと見まごうばかりの部屋を作らせて、全国に20人以上の愛人を囲ったことです。海外のブラジルには公認の愛人がいたといいます。また、女性国会議員の二名が元愛人だったといいます。
昭和52年、当時の民社党がこれを国会で追及する動きを見せると、これらの施設は急遽取り壊されましたが、公明党を使って選挙協力をさせて民社党の追及を頓挫させると、再び超豪華な専用部屋が作られ始めました。懲りない性格がよく出ていますが、これらは広布基金(いわゆる財務)でつくったものです。

池田は会長職の権威を最大限に利用し、善良で向上心に燃えるお人好しの創価学会員をいいように食い物にしてこの世の栄華を極め、金集めに異常な才能を発揮した宗教詐欺師として評価が高い。知らないのは(知ろうとしないのは)創価学会員だけです。

池田の宗教者としての評価は、何も知らないお人よしの創価学会員の中に作られた虚像が印象付けられていますが、世間では新興宗教産業の創始者という批判的な評価が行われています。創価学会の精神は池田の手によって好き勝手に捻じ曲げられて変貌を遂げ、初代牧口常三郎や第二代戸田城聖の意志はどこにもないと考えられています。

池田が宗門から破門されたことは、創価学会の正当性と存続を問う根本問題でしたが、お人よしの創価学会員は事実関係が捻じ曲げられた情報で固められて隠され、いいように操作されていたことも知らず、疑うことなく池田を支持しました。創価学会は自浄作用が決定的に欠如した池田教に変貌していると考えられます。

池田の乱行の数々は、世間一般な常識では創価学会の上層部が隠蔽できる内容のものではありませんが、池田大作の学会本部や職員に対する絶対的な権力支配と池田門下生が手足となって情報収集に努め不満勢力を強力に牽制してきたことや各種会合で池田個人崇拝の盲信者を育て上げたことで事なきを得てきたとみられています。

特に、学会本部職員は多くの人が地方幹部を掌握する大幹部であるところから、本部職員に対し徹底した池田大作への忠誠心が求められました。本部職員や地方上層部(指導部)は学会から給与所得を保障されている人々です。反抗は直ちに解任、退職処分にあうサラリーマンです。生活の保障を捨てて反抗し、非難中傷に耐えて生き抜く決意は困難です。創価学会の強みは組織の中枢や上層部の大多数の要員が学会に生活保障を受けていることです。

独裁的な人事権、財産処理権、幹部会招集などの全運営権などを持つ一人の絶対権力者・池田大作の前では、正論をいったり反対論を唱えることは自殺行為と同じです。最高幹部に対する監視が特に厳しく、独裁権力から抹殺されることが分かっていれば誰もが息を潜めて池田の怒りが収まるのを待つしかありません。ささやかな抵抗はネット上に内部情報提供をするくらいなものです。

宗門攻撃の先頭に立たされた代5代の秋谷会長(東大卒)は、保身の塊とみられていましたが、20数人いた最高幹部の面前で池田から疑われて総括を受け土下座させられた悲惨な事実がありました。
秋谷は宗門への攻撃や幹部の締め付けが手ぬるいと見られたと考えられています。池田は最高幹部の行動を常にチェックし少しでも疑いがあれば総括しました。小心で猜疑心の強い池田の保身術とみられています。
しかし、池田氏の死後にはこれらの事情が一変します。死後にまで、一般会員に対して継続的なマインド・コントロールが効果を発揮できるとは考えられません。

創価学会の上層部は、池田本仏論を僭称する側近で固められて、池田氏が自由自在に操れる組織になっていると言われています。
創価学会は、分裂の瀬戸際か、解散消滅の瀬戸際にならなければ組織の自浄作用が機能できないまでに池田氏に私物化された池田教になってしまっていると見る人々が多く存在している事実に眼を向けるべきだと考えます。

一般会員についていえば、池田本仏論を消極的であれ支持してきたこと、または消極的であれ黙認したことは、学会の教理によれば法謗与同罪となることは当然です。
当事者意識を持たないまま、または、詳しく知らなかったので、いざとなれば反省して許しを請えばいいと軽く考えている人々が大半だと思いますが、反対意見を言わなかった者は漏れなく法謗与同罪です。
そのいい加減な信仰姿勢が、池田本仏論が様子を見ながら隙を見て芽を出し、栄養を吸収して育つ土壌を快適に温めてきたのです。これは創価学会員が考えている程度のけっして軽い罪でないことは確かです。反対の意思表示をしなかった者は、何もしなかったことで許容したと同じ効果を生じさせることになるので、結果としては、善良な顔に見えるけれども実は法謗与同罪という評価を受けなければなりません。

ネット情報に掲載された池田語録の抜粋を照会します。
1.脱会者は自殺するまで追い詰めろ(『諸君!』H4.5/『妙観』H4.5.15/『大白法』H15.1.16)
2.私は日本の国主であり、大統領であり、精神界の王者であり、思想文化一切の指導者・最高権力者である。
3.(私は)釈迦以上であり、日蓮大聖人を超える存在である。
4.世界の盟主である。
5.私には日本中の中に語り合える人はいない。世界的に著名な人のみを相手にする。
6.私は太陽の帝王だ。
7.私にはもう叶う人は世界にもいない。
8.私は宇宙と語る。
9.今、私には天下を取ることが見え始めた。
10.私は現代の救世主である。
(2~10.は、『人間革命をめざす池田大作ーその思想と生き方』有紀書房1965年)に記述された池田大作の本人発言です。

池田の精神疾患は、いわゆる妄想性パーソナリティ障害と自己愛性パーソナィ障害の複合型と考えられます。
池田の死後にその呪縛がとけて、本格的な精神病理学的研究や病理分析が必然的に行われることは当然の成り行きだと考えられます。

池田の精神障害は、一般人には簡単に認識できますが、日蓮思想の妄想と池田教の毒性に感染した創価学会員はこれに気付けない異常体質になっています。
それゆえに、池田大作が主張する「総体革命(日本を支配す無血革命)」という妄想を従順に受け入れてしまうのです。

池田大作は創価学会を発展させたリーダーであると同時に、何をしてきたかという真実が露見すれば、創価学会の評価を徹底的に引き下げてきた人物でもあるということを知らなければなりません。