(34)-5創価学会の研究⑤(池田大作朝鮮人論)

ここで、奇妙な疑惑が払拭できないことに気付きました。日本人の精神構造に係わる素朴な宗教心についてです。
古来より、日本人は宗教的権威に従順な民族なのに、何故、自己が属する宗派の法主に全面戦争を仕掛けることができたのか、池田氏の精神構造に疑問が涌いてきます。池田は先祖代々の日本人なのか?という疑いです。
ネット情報を検索すれば判りますが、池田大作の情報がたくさん書き込まれています。何故に彼の評価はこれほどまでに極端に割れるのか。創価学会会員の評価が高いのに、批判者は一致して極悪非道の評価をしています。
これらの中に、出自と池田の行跡の疑惑を追及する者が多いことに驚きました。この中で、その内容に客観性があり真実性が高いと判断できるものから要旨を引用させていただきます。

池田は創価学会入会時から「日本に先祖の墓がない」「大田区大森海岸の朝鮮部落の海苔の漁師出身」「日本語がうまく喋れず寡黙な男」といわれていました。
学会の機関紙「大百蓮華」(2000年3月号)に掲載された池田の人生記録の中には「父が韓国語を教えてくれた思い出がある」「私の少年・青年時代には多くに在日韓国人の方々との出会いがあった」と記載されていること、また、日本人なら「日韓文化交流」というが池田は「韓日文化交流」といい「韓」を「日」の前に記述する。

「池田ファミリーは、父池田子之吉(当時、内地人と呼ばれた朝鮮人で日本国籍を取得した。戦争中は二等兵として朝鮮に従軍したが、子供の太作に朝鮮語や韓国の夜景の美しさを教えた。戦後は、大田区大森にて海苔の漁師をしていた。)」
「母(旧姓不詳、帰化していない朝鮮人)多摩川沿いの古市場(現・大田区矢口三丁目)朝鮮部落出身。子 池田太作(後に大作に改名)、東京都荏原郡入新井町不入斗百七十七番地(現・大田区大森北二丁目十三番地)朝鮮部落にて出生。子供の頃は、日本語がろくに喋れず周囲は朝鮮人ばかりであった。」

この記事は、さらに続けて「今では、創価学会は在日朝鮮人に乗っ取られてしまいました。副会長等の役員の3分の2は、朝鮮人の系譜です。ですから、ことあるごとに反日的言動と行動をとるのです。聖教新聞、大百蓮華などで“韓日友好”と書き“日本は、いくら韓国に謝罪しても謝罪しきれない”という反日的記事を毎日のように書き連ね、在日朝鮮人への参政権付与に血眼になっているのです。」とあります。
記事内容から推測すれば、池田氏の事情を知る古い大田区周辺の学会員が投稿した記事であることが十分に推測できます。

この記事は戦後の旧地名を詳細に記述していることから信用性があると考え採用しました。池田大作の家族が池田姓の海苔業者の家の作業場の二階に住んでいたので池田大作の家はその分家筋であるという日本人説がありますが、これとは別に、先祖代々の日本人ではなく新たに国籍を取得した帰化人であるとする反対説があります。
当時、海苔生産業の作業員はとてもつらくて厳しい作業であったところから敬遠され、安定した作業員の労働力の確保が難しい状況にありました。池田大作の家族は作業員として作業場の二階に寄宿していたところから、日本国籍を取得した際に、池田家にあやかり「池田姓」を届け出たとみる説です。実際には父の戸籍謄本にはどのような記載があったのでしょうか。

これとは別に、池田氏が朝鮮にルーツを持つ民族の出身であることは父の戸籍を詮索するまでもなく、母が朝鮮人であることから、朝鮮民族の70%が濃厚に持つ「鬱火病(ウラビョン)または火病(ファビョン)」といわれる精神疾患が考えられます。
この疾患は、朝鮮民族にみられる特有の精神症候群で、極度に怒りや不満などを抑えることによって「強いストレス性の障害」を引き起こす民族症候群です。民族の被害者意識が昂ぶり、民族のプライドが踏みにじられたという思いにとらわれ、強いこだわりや思い入れを無視されたと受け取るなどで発症しやすくなる疾患です。

火病(ファビョン)とは、例えば、韓流映画の時代劇の登場人物によく見るタイプで、異常ともいえるほど面子(メンツ)にこだわり、喜怒哀楽が激しく、被害者意識に拘り続けながら、朝鮮が世界の中心と考える妄想や他民族を蛮族とみる異様な優越性を持ち、ファビョンのスイッチが入ると手が付けられなくなる兆候を示す精神疾患ですが有効な治療方法はありません。

韓民族が持つこれらの複雑な感情は「恨(ハン)」という一字に凝縮されています。長い被抑圧の歴史の中で複雑な感情が鬱積してファビョンを発症します。特に、日本から不当な仕打ち受けたと被害者意識を持つ場合には簡単にファビョンの連鎖を引き起こしますが、ベトナム戦争では救援出兵した韓国軍兵士が集団で村落を襲撃して強姦や殺戮をした事実や加害者を全く認めずベトナムには何の保障もしていません。

この疾患は朝鮮民族が持つ特有の疾患であり、1996年、アメリカ合衆国の精神科協会が「文化結合症候群」の一つとして登録した精神疾患です。教養を持つ教育レベルの高い人にも顕著に出てくるところから、理性では抑えられない疾患とされています。

「文化結合症候群」と認定された朝鮮半島に特有のこの疾患は、日本生まれの在日朝鮮人にも顕著に現れることから、在日朝鮮人の人々の中で社会問題になっていますが、この病気は環境因子によるものではなく民族的因子であると考えられています。

火病の特徴は、「李符永」ソウル大学教授の「現代韓国人の国民性格」に20の特徴が挙げられていますが、そのうち主なもの12を列挙すれば次の通りです。
①すべきことをせず他人に期待し裏切られると恨んだり非難する
②相手も自分と同じ考えだと思い「違う」と分かると裏切られたと思う
③自分の主張ばかりで他人の事情を考えない
④見栄っ張りで虚栄心が強い
⑤物事を誇張する
⑥約束を守らない
⑦自分の言葉に責任を持たない
⑧何でもできると誇示するが出来なくてもなんとも思わない
⑨“見てくれ”に神経を使う
⑩原理・原則より人情を重んじて全てを情に訴えようとする
⑪「世界最高」とか「ブランド」によわい   (注)これにあこがれ、強く求めるということか?
⑫文書よりも言葉を信じる  (注)証拠もないのに正当性を主張することか?

しかし、これを発表したというソウル大学教授の「李符永」は実際に実在する人物であることが確認されおらず、偽造の可能性が考えられますが、問題は発言の中身の真偽にあります。発言内容それ自体は、現代に続く韓国人(朝鮮人)のファビョン症状が適切に評価されていると考えられるところに悩ましさがあるのです。真実を語ったことで制裁を受ける(親日罪か?)不利益を回避するために実名が発表できないのではないかと考えられるのです。韓国人社会の民族性に関わる特殊な価値観の標的にされることを回避する妥当な判断であろうと考えられるからです。

精神障害は強い遺伝性を持ちます。池田大作の実弟は八王子市高尾の小林精神病院に長く入院していましたが、池田家は8人の兄弟姉妹のうち創価学会員は池田本人だけです。父母は真言宗の信徒で、池田は創価学会の入信と同時に勘当同然となり、家族とは疎遠になっています。

池田は独裁的な人事権を握り、創価学会の永遠の指導者の地位を確立するために会則を変更し、驚くべき大量の副会長を任命して地位の安泰を図りました。造反者がクーデターを起こせない強固な体制です。しかも、副会長の3分の2を在日朝鮮人を任命したのです。いざとなったとき会長や副会長が日本人だと安心できないと考え保険を掛けたのでしょうか。

池田が第3代会長になったとき、第2代戸田会長の意志だと詐称して多数派工作し、就任するやいなやライバルやライバルとなる可能性のある人物を排除して、並ぶ者なき権力者の強固な地位の安定を図ったことが語り継がれています。自己顕示欲が異常に強い人物だといわれてきましたが、この体制の変更は露骨な地位の保身であり、やすやすと変更の発議をし完璧に成立させることができる創価学会とは一体誰のための団体なのでしょうか。

池田大作が韓国に抱く異常なまでの思い入れは、一般的な日本人が持つことがない性質のものです。常識的な判断では、この池田大作の精神は日本人が持つ精神とは認められず、その実体は朝鮮人であることを告白していると考えるべきです。

池田大作の精神的情緒の激しい揺れの中で書いたと思われる文書や碑文の中には乱心したのではないか疑われるに十分な文言の記載があります。朝鮮人でなければ書けない内容を持つ文言です。
強い思い込みをにじませ、異常なまでに色づけて誇張したゆえに誤解を重ねた歴史認識を無知と思い込みであつく語り、何としても朝鮮民族の文化や誇りを日本文化の上に位置づけようとする悲しいまでの情念を託し、池田大作が韓国に建てた碑文です。この碑文で悪の権化にされたのが日本、日本人です。
先祖代々からの日本人であれば絶対に書くことができない文章です。池田大作の心は朝鮮人そのものであることを自ら証明したと考えるものです。

碑文
安らけき朝の光に 貴国(韓国)を思う
古の書(朝鮮・韓国の書物)に「東表日の出の国(韓国のこと)」と 謳われ
山高く 水麗しき 風雅の国(韓国のこと)  東海の小島(日本のこと)へ  重畳の波浪超え
あまたの文化  文物をもたらし  尊き仏法を伝え来たりし
師恩の国(韓国のこと) 隣邦を掠略せず 故郷の天地 守り抜く
誉の獅子(韓民族のこと)の勇たぎる 不撓の国(韓国のこと)

然れども  世紀の災禍いくたびか  小国(日本のこと)の倨傲(いばって傲慢にふるまう)
大恩人の貴国(韓国のこと)を荒らし 大国(中国・宗主国)の横暴 平和の山河 蹂躙す
アボジ(父)、オモニ(母)の叫喚は 我が魂に響き
その痛み須臾(わずかのあいだ)も消えず
不思議なるかな今 悲劇の祖国(韓国)に
巍巍(高大なさま)堂堂(雄大なさま)たる地涌の同胞(SGI韓国) 涌き出で
韓日新時代へ 敢闘の前進を開始せり

敬愛せる貴国(韓国)の友人いわく 「心をとざして相対すれば戦いとなり
胸襟を開き相語れば平和となる」と 過去を忘却せず 現当(現在と未来)へ誠心尽くし
人道と正義の  大いなる旭日昇る
韓日友好の 「新しき千年」築かん  無窮花(韓国名:ムグンファ、日本名ムクゲ)の如き
馥郁(よい香り)たる幸と平和の楽園
アジアと世界へ永遠に拓かん  と誓いつつ
1999年5月3日 池田大作(署名捺印)

この碑文に韓国を師恩の国、大恩人というのは、文化、文物をもたらし、仏教を伝来させたからだとあるので、その内容を検証したい。
実は古代に百済から大和朝廷にもたらされた仏教は、鎮護国家に効果があるから試してみてはどうかという程度の未熟なもので、百済にも仏教教理の詳細は理解できていませんでした。6世紀中頃の半島南部の高句麗、新羅、百済から数人の仏僧が南都寺院に渡来しましたが平安以降の日本仏教の主流に影響はありません。
そもそも日蓮宗の教理や創価学会には全く影響がないものです。韓国仏教と日本仏教との間には影響を与え合うという関係が構築された事実はありません。日本仏教の源流は中国仏教であり韓国仏教の影響はほとんど考える必要性が無いものと考えられます。

文化、文物とは一体何を指しているのか、具体的な指摘がなければ、その文化、文物が今日の日本社会にどの程度の影響を与えてきているのか判断できません。日本人の一般的な認識では理解不能です。

池田の指導内容を見れば、明らかに韓国人であることを自白していると考えます。
「貴国(韓国)は日本の“文化師匠”の国で、教育でも兄さん(兄貴分)の国」(1992年9月30日第二回全国男子青年部幹部会)
「韓国は日本に“文化大恩の国”だ、古代以来、韓半島でさまざまな文化が日本に伝来された。仏教もそうだ、この一つだけでも日本は言葉で終えることができない恩恵をこうむっている」(和光新聞05/04/22、633号)
「日本の蛮行は恩義も縁も踏みつけて韓国の人々を徹底的に苦しめた」(コラム「来光」より)
「日本は韓国と友情を結んで、韓国を尊敬して、韓国の心を学べばこそ平和と繁栄の方向に進むことができる。しかし、韓国に対して傲慢になって恩知らずだったら日本は必ず衰退して滅亡する」(コラム「来光」より)
「韓国が日本文化の大恩であることは言うまでもない」「日本書紀でも恩人の国(韓国)を一段軽んじている。(韓国を)“宝物の国”と呼び憧れながら今更韓国の色彩を消そうと思う。心理的には“劣等感の反転”という見解がある。本当に大きな恩恵をこうむってきた。内心では認めざるを得ない。しかし、認めることは自尊心が承諾しない」(コラム「来光」より)
これらは、日本人として懺悔・反省する視点ではなく、祖国への憐憫と愛惜を切々と語る韓国人の「恨」の情念の噴出と認められるものです。

問題となるのは、池田が韓国人かどうかではなく、「恨」の文化に縛られた韓国人のファビョン史観が日本人に対して持つ歪んだ価値観にあります。韓国人が持つ歪んだ価値観で純朴な日本人会員を洗脳してほしくないのです。池田にはその自覚がないのではないかと疑いを持たれていることにあるのです。