(34)-4創価学会の研究④(池田大作のカリスマ性)

日蓮本仏論の流布の主役は日蓮直系の僧侶の力は微力で明治時代までほとん世に知られることなく極少数の勢力でしかありませんでした。
戦後に、創価学会が第二代戸田城聖の指揮下で70万信徒の獲得目標を掲げてで躍進し、昭和30年代以降第三代の池田大作の下で800万会員の獲得を掲げて飛躍しました。
巨大新興宗教団体・創価学会は、公明党を結党して多数の議員団を作り、母体の創価学会を外護させる体制を整え、政権与党の一翼を担わせることで、生半可な批判には十分に対処できる勢力を築きました。

この創価学会の戦略は実に見事でした。これに正面から力で対抗する勢力はなくなりました。創価学会の会員は社会文化活動を戦略的に活用して意識的に地域社会に受け入れられるべく努力をしていますが、先行き不透明な事情をたくさん抱えているものと考えられます。
世間の様々な批判を浴びながら様々な価値観を持つ会員に共通目標を持たせて掌握し、巨大教団に仕上げた池田会長の手腕は見事で、優れた戦略眼と卓越した指導力が認められます。

しかし、池田会長の高いカリスマ性は創価学会の婦人部の意図的な操作から始まり、指導を求める青年部を育成して側近に取り立てることによって学会本部を牛耳る体制を形成したと見られています。総会や各種の幹部会で「池田会長指導」を組み込んで、その指導内容を幹部に徹底させ、地域の活動家が自発的に池田会長を讃える手作りの組織を作り上げたのです。

池田氏には第三者の厳しい評価があります。「思想と人格」についてネット情報「池田大作の思想と人格」から照会します。
この情報では、池田氏の人格は下劣として、「憎悪」「傲慢」「わがまま」「品性」「臆病」「コンプレックス」「嫉妬」「物欲」「名誉欲」「奇行」の内容が挙げられています。

この中に、昭和59年に創価学会の招待で来日して池田大作と対談した故アーノルド・トインビー博士の孫娘、ポーリー・トインビー氏が帰国後に池田大作の感想を手記にして『ガーディアン』誌に発表した内容がありますので紹介します。
創価学会や池田大作氏について偏見を持たない第三者の生の感想が手に取るように分かる内容です。

池田氏の話し方は、傲慢かつ他に恐怖心を与えるもので、彼が話を進め、他の人がそれにうなづき従う、といったものでした。時として、彼が予期しない、一般的でない意見が述べられると、途端に彼の眼には厳しい反応が現れ、警告にも似た冷たさが浮かぶのです。
私達は、形だけの会話をしながら、この男を観察致しました。彼は、頭の先からハンドメイドの靴のつま先まで、俗人そのものであり、崇高のひとかけらも見えませんでした。「彼の職業が何か。当ててみろ。」と言われても“宗教家”と答えられる人はほとんどいないでしょう。
私は、多くの有力者と会ったことがあります。それは、首相をはじめ、さまざまな分野の指導者達ですが、しかし、池田氏のように絶対的権力者の雰囲気をにじみ出させた人物に会ったことはありませんでした。
彼は、おそらく長年にわたり、あらゆる自分の気まぐれを押し通し、すべての命令に従わせ、そして、それに対する反論や軋轢に触れないよう、守られてきた人間なのでしょう。私はめったに恐怖を感じることはないのですが、彼の中にある何かに、私は体の芯までゾッとさせられました。
夕食は苦しい体験でした。私達は伝統的な日本間に通されました。畳に座布団を敷き、池田氏を中心にテーブルを囲みました。テーブルの中心には料理人が入り、熱い油の鍋から天ぷらを揚げてくれるのです。「あまり堅苦しい話は、今夜はやめにして、ともかく楽しみましょう」と池田氏は命令口調で言いました。
私達は、耐え難い、くだらない会話を、まだ続けなければならないのかと、沈痛な気分になりました。
『ガーディアン』S59.5.19 『フォーラム21』H17.1.1

創価学会の各種会合は、さながら池田センセイを賛美することで盛り上がる会合となりました。信心の恩恵は全て池田センのオカゲであるという風潮が蔓延しました。池田のカリスマ性は、この繰り返しで築き上げられたと言われています。
池田大作の絶対権力は、何も知らない熱心な会員の無知と錯誤の上に成立した虚像でした。虚像を作り上げたのは熱心な支持者である会員ですが、その雰囲気を醸成したのは学会本部職員と地域の役員でした。

創価学会は、世界の著名者と対談を行って、その内容を池田大作の文化活動を過大評価する道具として使っています。しかも対談内容を創価学会と池田大作を引き立たせアピールする内容になるように巧妙に手を加えて作り上げられました。一字一句がそのまま活字になったわけではありません。
一般会員の池田熱をいやがうえにも盛り立てる演出です。会員に創価学会の活動を信頼させる道具に使っているのです。
「日蓮本仏論」や「池田大作本仏論」を普及しようとしている創価学会が世界の人々から支持を受けるなど考えられないことです。創価学会の教義は第三者の評価が受けられる内容ではありません。

池田氏は創価学会と創価大学や公明党をバックにした文化活動で世界の有識者と平和運動を語り、創価大学・創業者の地位を利用して外国の大学から異常な数の名誉博士号や名誉教授を334も授与されました。
学問の実績がない池田氏に、何故にこのように大量の名誉博士号や名誉教授与えられたのでしょうか。この異常な授与数は学問的な実績を認められたノーベル賞の受賞者でさえありえない異様な出来事でした。ありえないものです。この陰で、多くの海外のSGI各国責任者は、池田氏に各大学から名誉博士号や名誉教授を授与させるための渉外交渉のノルマを課せられ泣いたということです。
SGのI海外責任者は唯一人の名誉欲のために恥も外聞もなく、寄付や贈与または賄賂を条件にすることで、いうことを聞いてくれる大学を探すためにつてを求めて走り廻されたといいます。

これらの名誉は創価学会の豊富な資金源(財務)から多額の寄付や図書の贈呈、献金などで買い取ったものでした。会員の汗の結晶「財務」は池田氏の名誉欲のために湯水のごとく使われたのです。
創価学会はこれらの栄誉を聖教新聞に大々的に掲載させ、学会員に「池田先生はすごい人だ、世界の指導者だ」というカリスマ性を繰り返し植えつけました。
この事実から池田氏の名誉欲と学歴コンプレックスが見事に見て取れますが、池田氏の死後には、過去に行ったカリスマ性の創作演技の数々の事実関係が明らかになり、池田の実像が暴かれると囁かれています。

創価学会員が次のようなネット情報を掲載しています。
2009年12月1日付の創価学会機関紙「聖教新聞」に掲載された池田大作の指導「広宣流布への供養に無上の福徳」という記事を紹介して創価学会を批判しています。この記事は池田の品格が手に取るように理解できる内容です。
「故に、厳しい不況下で真心の財務に取り組んでくださる広布部員の皆様の功徳は計り知れない。池田名誉会長は同志に語った。
『妙法のため、広宣流布のために真心を尽くすことが、どれほど尊いことか。どれほど偉大な功徳があるか。
大変な時に護られる。一家も栄える。人間革命していける。
生々世々、そして子孫の末代まで豊かな福徳に包まれてゆくことは間違いない。
それこそ、世界一の王者のごとき境涯になれるのである』と」

投稿者は「(創価学会は)老後の貯金までなくしてしまった私の両親や祖父母のような熱心な学会員たちが存在することに学会の責任は無いのですか?」と批判しています。しかし、「(相談を受けた学会員は)勝手に多額の財務を出した人の自己責任」といわれたことで、法的責任を問うことができないといわれ落胆しています。
勝手にと言われても、「私などは玄関先にまで幹部がきて、2口やるはずだった財務を10倍に増やされましたけど、これも自己責任だというのだから、まあ・・・典型的な金儲け宗教ですね。」と肩を落としています。

また、投稿者は、「不況だからこそ、どうぞ広宣流布のために使ってください~!」と財務に頑張れば、一家は栄える、人間革命できる、守られる・・・という池田の指導に疑問を持っていることがありありと分かります。投稿者の怒りや批判は当然であると考えられます。
池田の指導を信頼し唯々諾々と財務を差し出す学会員の心情がとても哀れです。
信者の宗教心を試すような財務の在り方にはいかなる弁明をも与えてはなりません。批判されるべきは池田大作です。

創価学会は、この財務が「供養」なのか、あるいは「寄付行為」なのかを明らかにしていません。
しかしながら、財務に応じた会員の殆どは、財務は寄付行為ではなく「供養」であると受け取っています。

ちなみに、寄付行為であれば見返り(功徳)を求めることはできないところから、無理に無理を重ねた財務をするはずがありません。
池田の上記の指導を見る限り、これは寄付行為ではなく供養のことを言っている、誰が見ても、池田の指導内容は寄付行為をお願いしている内容とは受け取ることができないものだと考えられます。
供養は本尊に対するものであることから、創価学会は供養を受ける立場に無いことは自明の理と考えられます。

財務は、本尊の見返りを期待できると指導されたから無理をして応じたので、この財務の実質は供養であると考えられます。
財務をすれば、功徳という見返りが期待できる、という池田の指導内容は非難に値しますが、これは常日頃から信心の功徳や現世利益を力説している創価学会の宿命ではないかと考えられるものです。
これを寄付行為だと言い逃れる詭弁を許してはならないと考えます。
池田の指導内容は明らかに供養のことを言っていると見做される内容であることから、創価学会には返還義務があると考えます。

池田は先代の戸田城聖との関係を「師弟不二」という美しい師弟の姿に仕立てて、会員を心酔させ、カリスマの要素を定着させました。小説「人間革命」は、池田大作を稀有な宗教指導者に仕立て上げる池田の黒い意図によって作り上げられたフィクションです。
この小説・人間革命が真実を語る生き証人とみる視点を疑いなく信じている人々?が創価学会員の活動家です。

池田は語っていいます。「命を賭して師匠を護る、これが本当の子弟である。古今東西の歴史を見ても、私ほど師匠に使え切った弟子はいないと自負している。」「この言語に絶する師弟の道をつくってきたからこそ、学会は世界的な発展を遂げたのである。」
(全国最高協議会でのスピーチ「聖教新聞、平成20年8月1日掲載)

池田の精神構造は、日本人社会の価値観の中で形成されたものではなく、朝鮮民族のファビョンの中で育った妄想だと考えます。日本人社会に育った日本人であれば、このような醜い自己顕示欲や自負心を持つことがありません。

戸田城聖を師匠とする池田大作が、戸田の死後に、遺族に対してどのような仕打ちをしたのかを身近で見守った方の証言を紹介します。
「死の直後に池田が戸田宅に乗り込み、遺品類、古美術、など4億円相当の遺産を強制的に差押え、葬儀に寄せられた4千万円あまりの香典さえ、遺族に渡さず、創価学会が取ってしまい、未亡人らの抗議でやっと一部が返された。そのあとも色紙、メダルにいたるまですべて回収して二代会長色を一掃した。自宅は池田会長就任後に池田自身の手により売り払われた。」

池田は戸田の後継指名が受けられなかったが、後継の指名を受けたと工作して最高幹部の切り崩しを計り、支持者を集めて強引に第3代会長に就任した経緯が語り継がれています。
会長に就任した池田は、自らのカリスマ性を高めるために肩を並べる者の存在を許さず、絶対者として創価学会に君臨してきました。

池田の重病説が出回り始めてから、ネット情報に創価学会の上層部でなければ知りえない情報の書き込みが大量に溢れるようになりました。
この中に、「池田は太りすぎて正座することが苦手で朝夕の勤行がまともにできない」、という書き込みがあります。日蓮信者でなくとも朝夕の勤行は信仰の第一の基本姿勢です。勤行できない(しない)創価学会の絶対的な権力者をどのように表現したらいいのでしょうか。
一人の池田がこれほどまでに絶対権力者として50年間も創価学会に君臨できたのはなぜか。
池田の臨終には、死後の激震を予感させるものがあります。