あいさつ (本旨の概要について)

今インターネット上に新興宗教の異様な投稿(書き込み)が溢れています。 投稿者は、自身が信じて疑わない感動を世の人々にも伝えたいという善意の行為でしているものであろうと考えられます。しかし、個人的な感動が自身の中に留まっている状態であれば、どのように解釈をしようと個人の自由ですが、ネットの投稿情報を利用して、客観性が求められるフリー辞典ウィキペディアや用語解説(仏教用語の解説や教理の説明)などに、日蓮に憑依された狂信者の主張を書き込み、日蓮の妄想を世間に拡散しようとすることは放置できないレベルになってきていると考えられます。仏教の基礎知識がない人がこれらの投稿情報を読めば、仏教とは言えないオカルト宗教を真実の仏教だと刷り込まれる危険性があるのです。

ネットの投稿情報は、その投稿内容が真実かどうかをタイムリーに検証する方法が作れません。信教の自由を尊重する立場では、検証の基準が作れない宗教の問題だけに、読む側に相当な基礎知識と常識がなければ内容を吟味できない危険性があると考えられます。

特に、目立って多い投稿は、日蓮の独善的な教判論に憑依された狂信者の主張が群を抜いています。まともな思索の時間を持たないままに、空虚なプロパガンダを刷り込まれて、毒語とも知らず、世間にまき散らしているものと考えられます。体系的な宗教の比較が許されず、一方的な妄想を刷り込まれ、純粋培養で育てられた疑いが濃厚です。新興宗教の狂信者の中には、信教と言論の自由を最大限に享受して、思い込みと妄想を語る狂信者が後を絶つことがないところから、社会常識では語れない高リスクを抱え込んでいる人々がいると考えられます。

これらの投稿者は、その主張内容から判断すれば、創価学会、顕正会、法華講の狂信者であろうと考えられます。この3団体は、富士門流(日興・日目の法流)といわれる「日蓮正宗総本山・大石寺」の信徒団体として結成されたのですが、法主の指導に従わなかったことで創価学会と顕正会は破門処分となりました。

顕正会は日蓮の遺告(ゆいごう)の受け取り方の違いを主張し続けて再三の法主の指導を拒否したことから宗門と根本的な対立を引き起こし、池田創価学会は宗門の乗っ取りを画策したことで宗門法主の逆鱗に触れました。宗門に残された唯一の信徒団体が法華講です。法華講は各寺院の檀信徒を全国組織に改編した30万程度の団体ですが、活動家の主力は創価学会から脱会した人たちです。この同床異夢の三団体は、日蓮の憑依が身心に浸透して、他の宗教を認めず、自身の信仰態度に疑問を持たない信者によって支えられています。相互に相手方を異端とする批難中傷を繰り返し、相互に否定しあうという妥協できない敵対関係に陥っています。法主の血脈の正統性を疑い、人格を否定する異様な対立の傷口が深すぎたことで、いつ癒えるのかの見込みが全く見えないまま、相互に譲歩できない悪縁を抱え込み過ぎて、不毛な争いを続けているものと考えられます。

その中にあっても、共通して持続している宗教的な情緒は、「日蓮の教説(『法華経』)だけが正しい宗教であり、他の宗教は謗法である」という妄想を抱え込んだ独善的な思い込みにあります。祖師の妄想に憑依され、普遍性のない宗教プロパガンダに洗脳されて考える力を奪われ、大事なかけがえのない人生の目的を歪められていることにも気づいていないのではないかという批判を受けています。この新興宗教の教団は、日蓮の妄想と情緒にこだわり続けるゆえに、際立ったオカルト性が疑われているのです。

幸福の科学主宰者・大川隆法にも独善的な主張が見受けられます。出版本の論述には独自性が認められませんが、著名な諸宗教の思想と考え方を少なからず導入して普遍性を意識した言葉を選び無難な主張に仕上げていると考えられます。しかし、最近の守護霊や霊言に関する著書や発言については、まっとうな宗教活動とは言えないのではないか、という疑問が感じられます。また、大川自身が「エル・カンターレ」であると主張している一点で大きな違和感があります。釈迦もキリストもマホメットも大川自身の下で法を学んで悟りを得たという主張がこれです。この主張は、仏教徒、キリスト教徒、イスラム教徒の全てを敵に回す愚かな妄想としか考えられません。この説は、日蓮本仏論と同種の奇説の現代版と考えられます。新興宗教にはこのような「思い込み」を布教するという精神疾患を連想させる人物が出てきます。何故に、思い込みが抑えきれないのであろうか。思い込みを制御できる意思が希薄と見做されれば、宗教家としての評価を受ける適格性はありえないのです。

法は、あるがままに存在する宇宙の法則そのものであり、人の意思に左右されず遍満し続ける当体であると考えられます。人間を小宇宙と考え、研ぎ澄まされた瞑想と経験を積んだ修禅観法の中で、瞬間的に根本仏(法身仏)と一体化する瞑想の中に入ることは可能であると考えられます。しかし、自身がそのまま法と等しい存在であると思い込み、新興宗教の主宰者となって善良な人々を洗脳すれば、精神状態を疑われるリスクを背負うことになると考えられます。

これらの投稿情報の論述の特徴は、伝統的な教理論の研鑽を共有する学匠や学僧の手によるものではありません。客観的な情報を得る努力を怠り、深い思索の時間を持つことなく、強い思い込みに自我を喪失してしまった狂信者の手によるものと考えられます。新興宗教の独善的なドグマとプロパガンダを刷り込まれて、これを信じて疑わない体質に育て上げられてしまったものと考えられます。これらの狂信者の投稿情報には、世間に誤解を与える危険性を内包する毒語や瑕疵が多く含まれていることから、放置できない社会問題を発生させる危険性があると考えられます。

これには何らかの社会防衛策が必要ではないかという視点が考えられますが、思想、信教の自由は憲法で保障する基本的人権の構成要素であるところからこれに制限を加えることは不可能です。人々の自由な選択に委ねるほかに方法はありません。

私たちの信仰心は、仏縁に会うことから始まります。弘法大師空海は「物に定まれる性(さが)なし 人なんぞ常に悪ならん 縁に遭(あ)うときはすなわち庸愚(ようぐ)も大道を庶幾(こいねがい) 教に順ずるときはすなわち凡夫も賢聖に斉(ひと)しからんと思う」と述べています。良い縁に会えば愚かな人も正しい道を願うようになり、良い教えに従えば、俗なる人も賢く、聖なることを行うようになるという教訓であろうと考えられます。もし、普遍性が欠落した独善的、教条的な教義(ドグマ)の刷り込みを受け入れることがあれば、誰もが生来的に持つ仏性(如来蔵とも自性清浄心ともいう)が開けられず、仏の智慧を受け取ることができません。

鎌倉祖師仏教の異常な変質を指摘する声は、ひたむきで悲しくも生きる望みを掴んだ民衆の強い情熱と支持によって耳目を塞がれ、今日まで正されることなく継承されてきました。功徳や恩恵は自らの努力と信仰心による仏の加護などの総和によるものと考えられますが、自助努力の資質が欠けた者(悪人)ほど阿弥陀仏の救いが受けられる、余念なく題目を唱えれば即身成仏できるという非仏説を受け入れた人々にも自己責任があると考えられます。

大乗経典は諸仏と諸菩薩が悟りの“きずき”についてさまざまな法話を交わしていますが、これらが編集されて主題ごとにまとめられたものが、様々な仏教経典として成立しました。大乗仏教の諸経典は、釈迦滅後に、釈迦の悟りの追体験を試みた大乗の諸菩薩によって編纂されたものでした。釈迦の精神(仏教の精神)を継承する立場から書かれた諸経典は、便宜上では釈迦が説いたお経として扱うことが行われてきましたが、実際に釈迦が文字にして説いたお経そのものは実在していないのです。

釈迦が説いたお経を聴いた弟子たちが集まって編集したお経が「原始仏教」と呼称されています。インドは多数の民族がそれぞれの原語を使用する多民族国家(群)でした。在世当時の釈迦は、日常の原語として「古代マガダ語」を使用していたと多数説では考えられていますが、釈迦が使用した言語やその周辺国の原語で書かれた「原始仏典」はどこからも発見されていません。釈迦在世の当時は、その教えを文字で残す習慣がなかったと多数説は考えています。釈迦在世には文字で書かれた仏典がなく、釈迦の教えは全て口伝で行われていたのです。

釈迦滅後、500人の弟子が集まって釈迦の説法内容をまとめる結集が行われました。それぞれが暗唱内容を確認しあい、共通性の有無によって正誤が判定され結集されましたが、これも暗唱によって行われました。たくさんの人々が暗唱内容の正誤を確認し合うのですから疑義なく簡単にまとまるという結論は得られなかったと考えられます。共通性が確認できたものが、「経蔵」(釈迦の教え)、「律蔵」(教団を運営するための規則)、「論蔵」(釈迦の教えを弟子が解釈したもの)の三部に結集されました。一般的には経・律・論を三蔵といいます。後の仏伝に登場する多くの三蔵法師は、この三蔵に精通した者を尊称する呼称として時の王権から授与されました。

これにより釈迦滅後の100年程は仏教徒は仏教の教えを共同して行いましたが、これを根本仏教(原始仏教、初期仏教)といいます。しかし、200年後くらいから地域や集団によって違いがでるようになり、保守派(戒律を守る立場)と進歩派(戒律を緩めたい立場)に分裂していきました。その後も多くのグループに分裂しましたが、保守派は上座部仏教(主に上座の僧侶たちのグループ)に、進歩派(庶民に支持されたグループ)は大衆部(大乗仏教)に収斂されていきます。このころから、文字による仏典が現れますが、4~5百年後には(釈迦仏教の精神を受け継ぐ思想によって)釈迦の教えが文字に記録されたという立場をとる大乗仏教の諸経典が編纂されました。

釈迦の説法が、後世の弟子たちによって編集(経典結集)されたものが「原始仏教経典」と呼称されています。釈迦が実際に説いたお経にもっとも近い仏典が「阿含経」「スッタニパータ」「ダンマパダ」であると考えられています。大乗経典は、釈迦滅後の当時の仏教の在り方に疑問を持った人々が釈迦の教えを見直そうとして、釈迦の精神を追体験することを目指す修行を通して、自らが得た目覚めを釈迦の「悟り」に託して大乗経典を編纂したものであろうと考えられます。

釈迦の精神を忖度して編纂した経典(ほとんどの経典がこれに当たります)では、釈迦の説法を受け継ぐものであることを表明するために「如是我聞」(このように私は聞きました)で始まる形式を採用しています。しかし、釈迦の説法を直接聞いた仏典編集者は誰一人いません。仏典の編纂は、釈迦滅後100年(釈迦の説法の編集)~(原始仏教の編纂)~500年(大乗仏経典の編纂)、不明(初期密教)~7世紀(中期密教)~11世紀(後期密教=チベット密教経典の編纂)という時間的な流れがあります。如是我聞の真意は、「釈迦の説法(教説)の精神を継承している」ということなのです。時代と共に、釈迦の素朴で分り易い教説が次第に経典解釈の進歩を受け入れて反映され、哲学的、論理的、具体的に表現されるようになってきたものと考えられます。

大乗仏教の諸経典は、もれなく釈迦滅後の無名のブッダたちが説いた教えですが、釈迦の精神を継承するものであることから“仏説”として扱われてきました。釈迦が自身の言葉で書いた仏典はそもそも存在しないのです。この意味では「原始仏典」もまた、釈迦滅後に弟子たちによって編集された仏典であり、釈迦が直々に語ったことばがそのまま書かれたものではありませんでした。実際には、聞いた人の感想や理解の内容が、あたかも釈迦の真実のことばであるかのごとく誤って伝承されたことが無いとはいえない状況でした。

無名のブッダたちが研鑽の結果を編纂した仏教経典は、あたかも生きた釈迦が衆生に説法しているかのごとく、多くの人々に感動を与える仏典でした。これらの仏典に説かれた有難い説法の教主を信仰する形態が大乗仏教の信仰姿勢になったものと考えられます。

このように成立の異なる「原始仏教経典」と「大乗仏教経典」とが、中国に紀元前2世紀頃、中央アジア(大月氏国)から無秩序にもたらされたと考えられています。当時は、個々の経典の成立史や教えの内容の優劣などには関心がなく、仏典は全て釈迦一人が説いた教えだと考えられたのですが、素朴な原始仏教経典と哲学的に洗練された大乗仏教経典には説かれる内容に違いがあり過ぎることに気付きました。そこで、釈迦がこれらの経典をどのような意図をもって、どのような順序で説いたのかを考察する機運が生じました。やがて、次第に経典を評価するランク付けが行われるようになりましたが、これを教相判釈(教判)といいます。この中から、自らが究極と見做す経典を選び取り、それを中心に諸経典の評価とランク付けが各グループで始まりました。

信仰の対象(本尊)とされたのは、これらの経典に登場して有難い説法をする教主(仏)であり、仏の教説を信受してこれを実践する菩薩です。また、教説に従って修行する信者を守護する役割を持つ明王です。経典そのものを本尊として帰命することはありません。教主への帰依が称名(本尊の名を称える)という形態で表されました。称名は、端坐合掌や五体投地などの儀礼によって、「南無○○仏」(○○仏に帰依いたします)という形式で表されるようになりました。

特に題目は、法華経という経典に対する帰依を表現したものであるところから、大乗仏教の中核となる仏身論が欠落しているのではないかと考えられます。『法華経』の教主は釈尊であり、普賢菩薩などの諸菩薩が信仰者に明呪を贈って信仰を支える、というのが法華経に書かれた仏説です。釈尊=日蓮という日蓮本仏論や南無妙法蓮華経如来という造仏は妄想です。『法華経』の「如来寿量品」から強引に導き出した文底下種仏法論という解釈論は成立しうる論とはいえません。また、祖師の日蓮が感じ取った独善的な法華経観が大乗仏教の全てと考える短絡思考で、大乗仏教の全てを語ることは不可能です。

日蓮は、天台智顗が主張した『法華経』の優越説という独善性をそのままに比叡山に移植した最澄が諸宗兼修を推奨したことによって信仰の中核を見失い、混乱している天台宗・衆僧のどうにもならない行動を見続けてきたと考えられます。日蓮は、比叡山のどうにもならない在り様に失望したことで、胸中に蠢く妄想を押さえきることが不能となり、あろうことか日蓮自身を末法の本仏とするレトリックを育て上げてしまったものと考えられるのです。

一般的に、日蓮系の法華信仰者には、異常な日蓮の憑依現象がみられることから、日蓮の妄想に身心を奉げて、かぎりある人生を預けたことで、一生の悔いが残らないのであろうかという疑問があります。妄想を抱き続けたことで、臨終正念の場において、心穏やかに、あるがままの人生を受け入れて、人々や社会に感謝する心境や境地になれるのであろうかという疑問が感じられます。日蓮の憑依は頑なに信仰態度に現れます。批判を法難にすり替える宗祖日蓮に由来する精神文化です。自己に対する独善的な無批判体質が全身を蝕んでいるのでしょうか。法華経の精神を捏造するプロパガンダに身を投じた過失は軽いものではないと考えられます。

ちなみに、大乗仏教の菩薩は、それぞれが得意分野を持つスペシャリストですが、普賢菩薩(行・実践)、観音菩薩(救済、所願成就)文殊菩薩(智慧の象徴)、地蔵菩薩(無仏時代の救世主)、勢至菩薩(阿弥陀の補佐役)などが有名です。弥勒菩薩は「未来仏」として信仰されています。『観音経』と『般若心経』(観自在菩薩=観音菩薩(聖観音)=33身の変化観音)の両経は、浄土系と日蓮系を除くほとんどの教団(外国の大乗仏教圏を含む)で日常的に読誦されている基本的な経典です。日本では各宗派の基本認識の共通項が確認できる唯一の基本経典と考えられます。

鎌倉新仏教(祖師仏教)は、数々の抑圧や弾圧を受けながら800年の歴史に耐え抜き社会的な勢力に成長した複数の教団です。この中には、信者の獲得競争によって巨大組織化し、社会の認知を形成してきた教団があります。民主主義の現代社会では信者数の数が社会的な勢力となり圧力団体となりえます。平和的な手段で政党を組織して多数の国会議員を抱えることで、国政に大きな影響力を及ぼすことができます。宗教団体の教義や政治目的、政権との関わり方には、公平な国民の監視の目が必要な場面が随所にあると考えられます。

これらの教団は、鎌倉時代、室町時代、戦国時代、江戸時代の異なる権力者の支配下のもとで宗教統制の中に組み込まれたことで、結果的に生き延びることができたのですが、明治以降に信教の自由と布教活動の許容化が進む中で集団力を発揮できるようになりました。特に、異常な教義を抱え込んだ日蓮系では、江戸時代の折伏行為は重罪であり遠島刑(島流し)に処されていましたが、明治以降の信仰の寛容化によって長年の規制と抑圧の軛から解き放たれました。複数の新興宗教団体があいついで結成され、信者の手で活発な信者獲得を目的とする異様な布教活動の折伏が始まりました。日蓮教団の特徴は、僧が布教活動の主体ではなく、布教に燃えた信者が新入信者を獲得する布教活動を熱心に行い、信者が信者を教化して抱え込み、教団を巨大化(創価学会、立正佼成会、など)してきたことにあります。

衆生教化の方法には、「摂受」と「折伏」の二門があります。摂受門は正法を説いて衆生を正道に導く温和な手段であり、菩薩(正法輪身)が行う化導です。これに対し折伏門とは、化導し難い衆生を教化して化益するために、慈悲を根底にする威嚇を用いて衆生が持つ煩悩を断ち切る働きをする忿怒形の明王(教令輪身=大日如来の分身)が行う化導です。衆生が持つ悪行・煩悩・謗大乗法などの障礙を取り除く働きをするものですが、折伏されるものは人(または思想)ではなく、一切衆生が持つ煩悩(貪・瞋・痴の三毒など)です。

日蓮系各宗派が使う独善的な折伏は、相手の宗教観を強(し)いて折り伏せ従わせるという慈悲(?)の行為であると正当化していますが、他人を折伏(日蓮信仰をさせる)することによって自分の境涯や宿命を転換することができる慈悲の行為だと本気で信じ込まされている人々の折伏行為は、一般的にはまぎれもない迷惑行為であり、独善的で傲慢な宗教の押し売りと認識されています。義理人情に絡め取られて折伏された人々こそ哀れな存在です。独善的な宗教ドグマを刷り込まれる不幸な人々になるリスクを背負い込むことになると考えられます。

日蓮系に共通して見受けられる宗教ドグマの特徴は、教祖の涓介な非妥協性の性格に憑依され独善性、非協調性、攻撃性、情熱性が突出していること、また、日蓮に憑依された強い思い込みによって、仏教が本来的に持つ特質の普遍性が欠落していることにあります。「日蓮の教説が正しく、その他の宗教は間違っている(主旨)」という妄想と論理の欠陥を抱え込んでいることがまさにこれに当たります。折伏に根負けした人々は、健全な意識が目覚める機会を奪われたことになります。突然に、妄想を刷り込まれる人生を受け入れたことになります。相当な自助努力をしなければ、妄想の軛(くびき)を解き放つことができない状態に置かれることになると考えられます。

折伏の本質は、何らの必然性がないのに、突然に宗教の話を持ち出されて、望んでもいないのに“あなたの宗教観は間違っている”という衝撃の言葉を熱心に聞かされることから、まさに青天の霹靂というものです。逃げることができない状態で、延々と貴重な時間を奪われる迷惑を受けることになります。一般的には個人的な友人・知人の複雑な人間関係が持ち込まれて心理的な束縛が発生することから、さまざまな情実としがらみを持ち込んで宗教・思想の自由を縛り付けているという批判があります。

このような関係性には、人間関係の縛りの要素となる上下関係、親子関係、兄弟姉妹関係、友人・知人関係、職場関係、取引関係などの心理的なさまざまな圧迫観が人々の自由意思を奪うことになるのではないかという批判です。これには、冷静で客観的な批判の精神が必要と考えられます。

家庭訪問などの布教活動は、見方をかえれば、宗教の押し売りや宗教の訪問販売という形態ではないかという批判があります。しかし、商品が介在していないところから、この批判には無理があります。介在しているのは宗教であり、思想、価値観です。クーリングオフの対象にはなりません。後になって、強引に押し切られたという主張は、一般的にはなかなか通用しないと考えられます。人間関係を断ち切る決意があれば、やめたい時に何時でもやめられる性質のものですが、そのような断固とした決心ができる人はほとんどいないのが哀しい実情です。結局は時間と手間暇をかけて、徐々に仲間意識を刷り込まれ、さまざまな情実に絡め取られて洗脳されていくことになります。友人・知人・組織の関係者がかわるがわる何度も家庭訪問して慰留し、宗教ドグマを刷り込むシステムが作動しているのです。

一般的に、危険なカルト教団の見分け方は、①回答不能な人間の悩みに付け込むこと。②科学的な根拠が無いのに人の不安を煽ること。③人を洗脳して正常な判断力を奪い、教義を刷り込むこと。④むやみに寄付金を集めること。 ⑤世間の非難、迫害を喜びに転化させる教義があること。 ⑥脱退が困難なまでに人的関係を縛り組織防衛を強化する教団。⑦社会に対し攻撃的になること。などが上げられています。実際には、これらの要素の複数に被疑事実がある具体的なケースについて検討すべきことですが、様々な手口や手法を使い個人の自由意思を縛り付ける要素がある場合も同様と考えられます。

釈迦滅後の仏教徒の信仰姿勢は、釈迦が厳しく遺言しています。いわゆる「自帰依(自灯明)」「法帰依(法灯明)」という教えです。「自らを拠り処として他を拠り処にしてはならない」「法を灯明(または「島」)としなければならない」という釈迦の最後の教えがこれです。この道理は、テラワーダ仏教(上座部)も大乗仏教(大衆部)も全く同じ立ち位置です。何らの違いもありません。人々に憑依して信仰心や自由な精神を束縛する宗教の軛を取り払い、人々が自分の意思で自由に決断ができる精神状態の穏やかな回復を願わないではいられません。

伝統教団の奈良仏教(南都六宗)と平安仏教(天台宗、真言宗)では、①自帰依仏、②自帰依法、③自帰依僧、という三宝(仏・法・僧)への帰依を定め、これを三礼という僧の礼拝行に定めました。特に、大乗仏教では、僧は衆生と共にある存在とされます。三礼は釈迦仏教を継承する理念であり、僧の自戒の念を表わす儀礼であると考えられますが、在家の人々であっても三宝帰依は同様の受け取り方ができるものと考えられます。

戦前・戦後の新興宗教の特徴は、伝統の仏教教団の教義を自由自在に加工した在家の人々によって組織され、信者を獲得する目的を持った布教活動を行いました。ここでは、信心指導という名のもとに、信徒団体の代表者や組織の幹部があたかも宗教指導者のごとく振る舞い、自身の思い込み(異質の教義)を新入信者に刷り込み、手作りで信者を養成している特徴的な囲い込みが行われてきました。僧侶の手で行う伝統の仏教教団の布教活動には、このような信者を囲い込む手法は見ることがありません。

鎌倉(祖師)仏教の信者には共通する特徴が見られます。宗教的な情熱を多量に抱え込んだ信者の信仰心が沸騰して、自らを僧侶と同等に位置づけ、もしくはそれ以上の存在であると思い込む増上慢が表面化していることです。僧の養成システムが簡便な宗派があること、僧と信者のお勤めに大差がないと評価されている教団や宗派があること、信者の供養や寄進に依存してきた教団や僧侶がいることなどから、僧侶の信仰指導者の役割が信頼されていないのではないかと考えられるのです。また、新興宗教団体がこれの事柄を自らの正統性を吹聴するために、センセーショナルに世間に吹聴してきた経緯も考えられますが、火のないところに煙が立たないということわざがある通り、僧のさまざまな行為の在り方が理解されず、仏教者として人々の期待感に欠けていると評価された事実があったであろうとも考えられます。

現代の豊かな文明社会では、庶民の高学歴化が進み、思想哲学の知識の一般化が見られるようになりました。体系的な学問を修めなくとも、溢れんばかりのさまざまな情報を見聞きできるようになったのです。人々は自立心を持ち、自分の感覚で物ごとを見て、自分の意見を持ちました。自由な発言が飛び交うことで価値観の多様化が促進されました。このような現代社会の中では、流れる水のごとく、多様な価値観が大量に宗教の場に持ち込まれるようになります。阿吽の呼吸が簡単には整わなくなったことから、僧侶と信者の垣根が低くなる社会現象が生まれ、相互の細やかな意思疎通がより以上に求められる社会現象が随所に表れてきました。これには、普遍性がある妥当な視野を持った知恵が必要と考えられます。

今日の仏教系の活動的な新興宗教は、鎌倉祖師仏教を母体とするものでした。比叡山の教義体系の混乱が、鎌倉時代以降の日本大乗仏教が様々な教義を抱え込み過ぎた主原因とも考えられます。日本大乗仏教は仏教圏の諸外国に類例がない多宗乱立、玉石混交の世界にありますが、日本人の民度の高さと組織力が各教団の共存関係を維持してきたものと考えられます。

人々を一人づつターゲットにする勧誘スタイルは伝統的な仏教教団にはないものです。この勧誘方法は新興宗教の独特の戦術であり、親子兄弟、友人、知人などの個人的なつながりや人間関係を利用して行う特徴がありますが、新興日蓮系、新興キリスト教系、新興神道系の団体が日常的に行っているものです。この勧誘方法は、あらゆる可能性や「つて」をたどり、義理人情を絡めた人間関係を最大限に利用するところに特徴がありますが、この中には親子兄弟親類縁者の社会的な関係が破壊される悲惨なケースが発生しています。

新興宗教のもう一つの特徴は、教義を自由自在に作れるところにあります。互換性のない言葉や用語が溢れています。口説かれた人は不思議な感覚に囚われるといいます。予備知識がなければ冷静な判断力が働かない宗教のことですから無理もありません。しかし、宗教であっても特別な世界を作っているわけではなく、私たちが生活している現実社会からかけ離れた世界にあるわけではありません。平常心を失わなければ踏みとどまることができるはずです。仏教の精神は、その時代の世相を超越した普遍性にあります。普遍性のない教義をもつ宗教は有害無益です。向上心のある人や法を求める人々を不幸にする宗教には未来がありません。

正常な感覚ではありえないことですが、オカルト宗教に特徴的に表れる体質は、批判者に過敏に反応して謀略を仕掛けたり、暴力的な敵対行為をあえて行うことをためらわない人々が混在していることから、実行行為の危険性が実際にあることです。オカルト宗教の狂信者の中には、批判者を異端の敵対者と見做して否定する体質を持つ人物や、批判者を排除するために謀略や暴力を仕掛ける異常な人々が混在している事実が報告されています。

しかしながら、一般的ないい人、お人よしの信者は、このような狂信者の存在を否定し真実を知ろうともしません。この宗教の信者の大半は「法華経が最高、真実の教え」というドグマが麻薬のように全身に浸透して平衡感覚を失ってしまい自浄作用が機能しない体質になっている人々と考えられます。このような異常な人々を生む宗教は否定されなければなりません。

宗教は日常の生活習慣や人生観にまで影響する問題であるだけに、善良な人々がオカルト情報に洗脳されないように注意を喚起することが必要ではないかと考えられます。

宗教は、先祖の「墓」を伝承していくという特徴的な祭祀形態をもつところから、墓地を管理する宗教団体のさまざまな規則に縛られることになります。何よりも宗教ドグマが自然に継承されることになるので、これが子々孫々に与え続ける影響を考えれば慎重に考えて対応するべきだと考えられます。なぜなら、子孫が先祖の墓の祭祀形態を変える決断をすることはとても難しいものがあると考えられるからです。異様な教義を持つ新興宗教が淘汰されず生き残って子孫に継承されてきた主な原因は自宅に安置された「仏壇」と「戒名」そして「墓」にあったと考えられます。

宗教ドグマの刷り込みや、宗教的情熱を見誤った思い込みから自らを解放するためには、①ときどき、自分の宗教観を疑うこと、②事実から目をそらさないで、一つ一つの疑問を納得するまで考えること、③他人の目線に立ち、自分を批判的に見つめる時間を持つこと、④家族、兄弟の批判をよく聞いて、その思いやりに感謝する気持ちを持つこと、などが必要と考えられます。

挨拶としては異例の長文になってしまいましたが、その要因は、本稿の構成内容のガイダンスをある程度しておかないと本文の内容が理解できないのではないかと感じられたからにほかなりません。最後までお読みくださいまして、まことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。

本稿の記述内容には、無用なリスクを回避するために不必要な刺激を避ける工夫をしているつもりですが、それでも伝えたい情報の中身を知ってもらうためにはそれが第三者に伝わる書き方をしなければなりません。苦渋の表現方法を模索しながら書かざるを得ない複雑な気持ちがもどかしく感じられますが、どうぞご了承くださいますようお願いいたします。

この記事は最終形を模索しながら作成している段階です。また、手の空き次第に投稿している状態にあります。掲載中の内容についても随時に加除訂正を行いますので、ご了承ください。記事内容は、それぞれの記事の日付(最新更新日)の年月日をご覧いただき、日付に変更があれば「加除訂正や増補」が行われたことをご理解くださいますようお願い致します。以上

平成25年12月15日  西田叡徳